一見したところ正調の句であるように見える。しかし、どことなく奇妙な感覚をおぼえるところがないでもない。その因として考えられるのは、やはり「雁」と「硯」の関係性ゆえということになるのであろう。
当然のことながら、毎年「雁」が渡ってくるのは、秋の季節ということになる。掲句の内容について厳密にいうならば、「硯」の上を直接「雁」が渡るという事態は実際にあり得ないではないが表現としてはやや主観的で若干フィクション性が含まれているといっていいであろう。それこそここでは、「雁」と「硯」の距離感がいくらかデフォルメされたかたちで描かれている。そして、「雁」が「いくたび」も「硯」の上を「渡る」という描写がなされているわけであるが、これはやはり毎年、春の季節に去り、秋の季節に渡ってくる「雁」の往還運動を意味するものと解していいであろう。それこそ、ここでは空間性のみならず、時間性までもがやや変容されたかたちで表現されているということになる。
岡井省二には、このような超空間性、超時間性を伴った作品がいくつか見られる。例えば〈わが思ふはじまりいつも鳰くるよ〉〈卯の花の山ゆく旅はうつつかな〉〈山繭をむかし拾ひて昼の星〉〈水のんでのんどをとほる山の色〉〈たとへなきへだたりに鹿夏に入る〉〈書信ひとつなかばより鴨みえてくる〉〈蛇の野に古典にわれをつれてゆく〉〈喉佛けふ片栗の花の上〉〈みみづくや湯呑の中に京の街〉など、いずれも現実の景がそのまま単純に描写されているわけではないことが見て取れよう。これらの作品は、それこそ写生という枠組を越えた地点においてなされた作品であるように思われる。
さらに、それのみにとどまらず、この作者の作品の上においては、時として超常的な現象さえも現出することが少なくない。〈雪起し普賢の象の大き四跨〉〈猿田彦しばらく鮠を流れけり〉〈茶山にてころがつてゐる弥勒かな〉〈われの手のみづかきもまた椿のくに〉〈楤の芽のひとつぐらゐは佛かな〉〈北斎の章魚のごと空したゝるか〉〈墨すつて畳のうへに善知鳥(うとう)かな〉〈あぢさゐの色をあつめて虚空とす〉〈如意輪のからだながらの春の昼〉〈躬(み)を以つて月としたりき海(わたつうみ)〉〈月光のくまなく鯤の鰭の上〉〈密院の硯の海の夏鯨〉など、過剰なまでの想像力とエネルギーによって創造された東洋風の摩訶不思議な世界が展開されている。
質朴で平明な作品から超常性を伴う作品まで、岡井省二の作品世界はまさにひとつのカオスといった様相を呈している。そして、その作品は、いずれの句であってもそれこそ浄土的な世界との深い繋がりを有しているといった雰囲気が濃密に漂っている。
掲句にしても、毎年往還を繰り返す「雁」は、それこそ「別の世界」から渡ってくる存在であるかのような印象がある。また、それのみならずここには、毎年秋に渡って来る「雁」が描かれているゆえ、芭蕉の〈此秋は何で年よる雲に鳥〉の感慨と通底するものがあるように思われるところもある。このように見ると、掲句からは東洋的な無常感が割合色濃く感じられる部分があるといえよう。
岡井省二(おかい しょうじ)は、大正14年(1925)、三重県生まれ。昭和43年(1968)、「寒雷」入会。昭和45年(1970)、「杉」創刊に参加。昭和46年(1971)、第1回杉賞。昭和51年(1976)、第1句集『明野』。昭和55年(1980)、第2句集『鹿野』。昭和58年(1983)、第3句集『山色』。昭和62年(1987)、第4句集『有時』。昭和63年(1988)、第5句集『五劫集』。平成元年(1989)、第6句集『夏炉』。平成3年(1991)、第7句集『前後』、「槐」を創刊主宰。平成5年(1993)、第8句集『猩々』。平成9年(1997)、第9句集『鯨と犀』。平成11年(1999)、第10句集『鯛の鯛』。平成12年(2000)、第11句集『大日』。平成13年(2001)、逝去(76歳)。平成15年(2003)、『岡井省二全句集』。