2016年6月7日

年下の水鉄砲に撃たれてやる

6月7日

「当旅館を現金支払いで宿泊してくださったお客さまへ、ささやかながらプレゼントです」と言われて手渡されたものが温泉卵10個入り1パックだった。あ、クッキーとかお饅頭じゃないんだ。ぜんぜんささやかじゃないし、これから観光して帰るのに持って帰るの一苦労だし、第一にわたし一人暮らしだし、食べきれないし。いろんな思いが一瞬で巡ったが「わーい!ありがとうございます!」と口走っていた。フロントのおじさんが笑顔の素敵なイケメンだった。

わたしには高校時代から付き合いがあり妹のように可愛がっている年下の女の子がいて、3月のその日は彼女の大学合格祝いにふたりで鳴子の温泉宿に宿泊したのだった。それは北海道に旅立ってしまう彼女とのお別れ会でもあった。彼女のギターに合わせて歌ったり、駄菓子をたくさん買い込んで夜更かししながら食べたりした。眠る前、わたしは彼女と手をつないだ。彼女と行ったいくつかの素晴らしい喫茶店のこと、野球観戦しながら大きなコーラを飲んだこと、シャガールの絵を見てくふくふ笑ったこと、水鉄砲を買って川遊びをしたこと、フルーツポンチをこしらえて夏の芝生に寝そべったこと、これは家出ですと言い張って彼女が泣きそうな顔でわたしの家に泊まりに来たこと、ゆっくり思い出しているうちに寝てしまった。ずっと高校生だと思っていたわたしたちはもう大学生で、たぶん、こんな感じで、あれ、と気づいた時には大人になっているのだろう。不思議なきもちだった。別れ際に彼女は泣いたけれど、わたしは泣かなかった。

それからは温泉卵生活が続いた。マグロとアボカドのユッケ、焼き鳥、甘辛く炒めたひき肉、強めに塩を入れて茹でたベーコンといんげん。そのどれもに温泉卵を落として食べた。温泉卵の中身が殻から出るとき、生卵とはまた違った重みがある。黄身にぷつりと箸を入れると、どうしてもにやりとしてしまう。

わたしが温泉卵を食べきらないうちに、彼女は北海道へ旅立った。しっかりした子だからご飯はちゃんと食べているだろう。彼女には彼女の青春があって、いまこれからそれがはじまる。いいなあ。北海道に遊びに行こうかな。美味しいソフトクリームでも食べに。