2016年6月10日

濡れた包丁構えて夏のひかりで切る

20160610

鯛を丸々一匹まな板にのせて途方にくれたことがある。スーパーで投げ売りされていたのでつい買ってしまったものの、捌く自信がまるでない。小ぶりではあるが鱗も処理しなければいけないし、何より澄んだ目がこちらを向いていた。海老やイカの下処理くらいならできるが、魚はいつも釣ってきた父が捌いていたのでなんのノウハウもない。「鯛 さばき方」と検索して、iPhoneを生臭くしながらどうにか捌き、半分は漬けにして丼に、半分は鯛めしにした。もちろんおいしかったけれど捌き終えるまでの工程で「いのちをいただきます」という気持ちになりすぎて、あまり多く食べられなかった。「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」と言ったかの有名な美食家ブリア・サヴァランが「魚は川の中で生まれるが、死ぬときは油のなかでなければならない。」とも言っていると知って、そんな……。しかしときどきはこうしていのちをいただいている実感を得なければ。わたしたちは必ず何かを奪って生きている。つくづく、食べることも立派な教養だと思う。