2016年6月18日

受話器から耳に降る東京の梅雨

20160618

圧力鍋で角煮を作り、丼にして大学へ持っていった。半熟卵がまだうまく作れない。雨の降る中、大学のカフェテリアでひとり弁当をつついていると、ここにはわたししかいないような気がしてくる。だれもいない大学が好きだ。曇天で雨が降っていれば余計に好きだ。コンクリート建ての吹き抜けの大階段を眺めながら、からっぽの宇宙船のようだと思う。からっぽの宇宙船の中で角煮を食べるわたし。冷めても脂身がとろとろでおいしい。家に帰ったら残った汁にごはんを入れて小葱をたくさん散らして食べよう。

突然かかってきた電話をとると、東京の友人からだった。「もしもし」「もしもし、なにしてるの」「大学でごはんたべてた」「なにたべてるの」「きのう作った角煮」「いいな、おいしそう」「見えないのに?」「うん、見えなくてもわかるよ、おいしい」「そっちは何してるの」「絶望」「あはは、そっか」「絶望して玲音に電話掛けちゃった、もう絶望ですよ、ぜつぼー」「ぜつぼーか、かわいそうに。角煮たべる?」「うん、食べるよ、見えないけど」「はい、あーん。見えないだろうけど」「……ねえ玲音」「なあに」「新宿は雨だよ」「うん、さっきから聞こえてる」「こんど遊びに来てね」「うん、行くよ」「角煮も持ってきてね」「えー、汁漏れしそうだけど、しょうがないな、いいよ」「ねえ玲音」「なあに」「もうちょっと雨の音聞いてくれない?」「あはは、うん、聞かせて」
 わたしには泣いている人の慰め方がわからないし新宿の雨のにおいもわからない。けれど、こうして電話が来ることはうれしい。どうか、おいしいものを食べて元気を出してね。雨なのか泣いているのかわからない音を聞きながら、わたしはからっぽの宇宙船で静かに角煮弁当を完食した。