2016年8月3日

山住(やまずみ)のかの紫陽花(あぢさゐ)を押(お)し切(き)らむ

父方の祖母とは一つ家に暮らしていたが、彼女については知らないことが多かった気がする。彼女は僕の成人式の日に亡くなったが、僕は祖父と結婚する前の彼女の名字をその数年前まで知らなかった。僕の家族は祖母の実家の話をするときに、その実家のある「二ノ宮」の名で呼んでいたから、僕はすっかり「二ノ宮」が彼女の名字だと思いこんでいたのである。
しかし不思議なのは、僕が小さい頃に一度だけ祖母の生まれた「二ノ宮」に行った記憶のあることである。とすれば、「二ノ宮」が名字でなく地名であることはわかっていたことになる。「二ノ宮」の記憶はほとんど薄れてしまっているが、ただ、緑の茂っているひどく鄙びた道を通り過ぎる光景だけを覚えている。だが、これが土地についての記憶なのか、祖母についての記憶なのか、もはや定かではなくなってしまった。