2016年8月14日

(よ)びなれてやさしき月(つき)や呂(ろい)の月(つき)

巻民代のこと⑦
巻民代についての僕の記憶のおおよそはこのようなものである。
考えてみると、彼女についての身体的な記憶が薄れてゆくにつれて、僕は彼女のことを思いだすときに名前の力に頼る部分が多くなってきているようだ。とすれば、もし僕が彼女に名前を付けていなかったら、彼女はもっと急速に僕から失われていったのだろうか。それはいかにもさびしい想像である。しかし一方で、あのとき彼女に名前を付けたからこそ、彼女の輪郭がはっきりとしてしまい、それがその後の危機を招いたのかもしれなかった。
あのとき、僕のうちにいつのまにか生まれていた得体のしれない「それ」に、僕はどうして名前を付けてしまったのだろう。