2016年8月25日

魚川(うをかは)に垢擦(あかす)りへちま凄(すご)く鳴(な)

土地には、地図には載っていない呼び名というものがあるようだ。僕が小学生のころ、家の近くに祖母が「しんでん」と呼んでいる場所があった。祖母はよくこの「しんでん」に出かけていたが、少し知識を得るようになると僕は「しんでん」などという名がどうやらいかがわしいものではないかと思うようになった。というのも、学校でもらった市内全図にも、バス停や信号機にも「しんでん」という名は見当たらなかったし、「しんでん」に住んでいるはずの友人に年賀状を送るときもこれとは異なる名称を記していたからである。
その後、もう少し知識がついてくると、この「しんでん」は「新田」の意味なのではないか―つまり、まだその土地にはっきりした名も付いていない大昔に誰かがそこを開墾するようなことがあって、そこに田を設けたときそこを「新田」と名付けたのではないか、と想像するようになった。けれども、肝心の祖母はすでになく、いまはこの想像をときどき引っぱり出してはひそかに楽しむだけになってしまった。