2016年10月7日

捨てられぬ手紙水引草点す

そのぬいぐるみは小学校2年生の時に父が海外出張のお土産に買ってきてくれたものだった。レモン色のコロンとした体にピンク色の長い紐のような尻尾とちょこんと短い手と足がついていて座るようになっている。胴体と同じくらい大きい頭には大きな丸い耳がついていて、どうやらネズミのようだった。顔の部分だけ塩ビになっていて、つんと上向きの鼻と赤ん坊の笑ったような口がかわいらしい。抱えるのにちょうどいい大きさだったので、学校に行く時以外はずっと抱えていた。鼻先は豆のように丸く黒くなっていて、布団に入るといつも鼻先をかじっていたのでいつのまにか先っちょはなくなってしまった。気づいたら尻尾もなくなって薄汚れて、それでもそのぬいぐるみは一番のお気に入りだった。とは言え中学生くらいになるとさすがにもう持ち歩いたり一緒に寝たりすることはなくなり、いつの間にか押入れの中に入りっぱなしになっていった。
高校を卒業して一人暮らしをすることになり、部屋を大掃除していた時、母は薄汚れたネズミを見つけ、どうするのと聞くので「なげていいよ」と答えた。もう子供じゃないし。他にもあったクマとサルのぬいぐるみと一緒に紙袋に入れられ、それらはごみ捨て場へと持って行かれた。その日の夜、結局私はゴミ捨て場へ行くとぬいぐるみを家へ連れて戻った。短くなった毛にブラシをかけてやりながら、ごめんね、と言った。

[なげていいよ]捨てていいよの意。捨てる事をなげると言う。