2016年10月8日

花野へと細い雨降る日の痛み

別に盗み見たんじゃない。リビングの奥の襖が開いていたから何となく覗いたんだ。そしたら二つ上の兄が鏡台の前に座って鏡を覗き込むようにしていた。「にっちゃ、なにしてらっきゃ」そう声をかけると兄はビクッとして振り向いた。上唇に綺麗な濃いピンクの口紅が片方ぐいっと上の方にはみ出して、右手には母が誰だかの海外旅行のお土産でもらったとかいう金色の四角い入れ物の口紅が、やがてゆっくりと根元から折れて畳に落ちた。「でーさもへるな」兄は聞いたこともないような低い声で言った。私は少し怖くなってうんうんと首を振ってそっと襖を閉めた。

[にっちゃ、なにしてらっきゃ]兄さん、何してるの
[でーさもへるな]誰にも言うな