2016年12月20日

冬の海雀は吾に近づいて

私が小学校1年のときに母は弟を産んだのだが、
妊娠中より絶対安静を言い渡された。
父も仕事が忙しかったため、家事の大部分を私が担当した。
小学校からの帰り道、入院している産院に母の洗濯をとりにより
自宅に帰り、買物に行く。
そのころにはなんでも揃うスーパーはなく、
お肉屋さんに「今日はハンバーグにしたいの」というと
家族分のひき肉と他に使用するものを書き出してくれて
八百屋に案内される。
お肉屋さんでは、ついでに犬のために骨も貰う。
ハンバーグとカレーライスを作ることができる小学校1年生は褒めてもらえるレベルであった。
ある日、教室でつい言ってしまった。
「私、たくあんを切っていて、指も切ってしまったの」
こんな楽しいネタを男子が見逃すわけはない。
かくして私は小学校1年生にして「たくあんばばあ」というあだ名になった。
そのころはこの男子を一生恨むとおもっていたが
今、思い出してみると名前も顔も思い出せない。
でも「たくあんばばあ」のキーワードは忘れることは出来ないのであった。