2017年4月10日

花曇花の内臓冷えてをり

2000年の9月に国立小劇場で、文楽『仮名手本忠臣蔵』通し狂言が上演された。これを観たことをきっかけに、しばらくの間文楽に熱中することになった。私はすでに社会人となって5年、俳句を熱心に作っていた時期である。
高校生のときには物足りなく感じていた文楽にハマったのには、いくつかの理由が考えられる。
演者が充実している時期であったこと、人気の高い場面をオムニバス形式で上演する形式ではなく、『忠臣蔵』や『千本桜』など、長編作品のほぼ全体を一日かけて上演する「通し狂言」という上演形式が増えたことにより、現代からみると不合理であったり、グロテスクであったりする作劇が露呈し、そこにかえって不思議な魅力を感じたということ、そして、なによりも大夫と三味線のかけあいによる義太夫節の魅力にとりつかれたということなどである。
大夫は豊竹嶋大夫、三味線は鶴澤清治を贔屓し、座席は出来る限り「床そば」呼ばれる、義太夫節を最も近くで聴くことのできる場所を選んだ。大夫は登場人物のセリフと地の文のすべてを語り、三味線は伴奏だけではなく効果音のような役割も果たす。
その頃、世間でも文楽の人気は地味に高まっており、東京公演のチケットは非常にとりづらくなっていた。そこで、比較的入りやすい大阪公演に遠征することが増えた。
大阪の国立文楽劇場では毎年7月から8月にかけて三部制の公演を行なっており、午前中からはじまる第一部は「夏休み子ども劇場」と銘打って「西遊記」など、子供に親しまれやすい演目を上演している。
愛らしい狐が登場するからだろうか、あるとき有吉佐和子作『雪狐々姿湖 ( ゆきはこんこんすがたのみずうみ )』が子供向けとして上演されたことがあった。私はこれを観て号泣してしまい、終演後しばらく席を立つことができなかった。
狐が人間の妻になるという信太妻に似た異種婚譚であるが、正体をあらわすことになった狐は湖の底へと消えてゆく、その、妻である狐に向けて夫が「おまえはわしの女房じゃぞ」と呼びかける。
幸福とはそれを喪うことへの恐怖と表裏一体である。客席にいた子供達はどのように受け止めただろう。