2017年4月13日

一族のひとり夢精す枝垂桜

4年生ではほとんどの単位をとることができたため、5年生になったとき残った単位数はかなり少なかった。前期には就職活動があったが、夏休みの間に内定を得ることができたため後期は時間的余裕ができた。そこで読書を集中的に行なうことにした。
この頃読んだ本により「自分の言葉で考える」という習慣ができたように思う。特に影響を受けた本を一冊挙げるとするならデカルトの『方法序説』であろうか。
そのころ、大江健三郎がノーベル文学賞を受賞したため、入手しやすくなった大江の小説を読んでみた。まず初期の短編作品の、不条理を淡々と描写しながらも、ぬめりを帯びた若葉のような言葉の輝きに魅了された。中期の長編では文体は粘りを増し、描かれる対象はグロテスクな姿をさらした。その魅力は底なし沼のようで、私は沈んでいくしかなかった。『万延元年のフットボール』を読んだときは眠ることを忘れた。そのときすでに会社員だったので、翌日そのまま仕事を休んで読みつづけた。
大江健三郎と並んで愛読したのが中上健次である。『千年の愉楽』に特に惹かれたのは、高校生の頃からの耽美的傾向に通じるものであったと思う。被差別という概念を軸として世界を裏側から見つめるような作品であり、中上の小説を読むことは、喩えるなら人体を肛門から裏返されるような、痛みと快楽を伴う行為と感じられた。