2017年4月28日

起重機や刀創より躑躅噴く

仕上がった原稿の出版は邑書林にお任せすることにし、交渉等は私が行なった。邑書林の島田牙城氏には『新撰21』以前にも、1997年に現代俳句協会青年部から刊行された合同句集『21世紀俳句ガイダンス』でお世話になっていたし、「記念日俳句」でのつながりもあった。また、はじめての句集出版なので、ノウハウを多く持つ編集者にご助力願いたいとも思っていた。
牙城氏からは文法や仮名遣い、表記の統一などについて適切なご指摘をいただき、句集の完成度を高めることができたし、装丁や造本に関しても、この句集にモノとしての愛着をもつことができるような、素晴らしい仕事をしてくださったと思う。
牙城氏はじめ邑書林の方々、印刷、製本などに関係する方々、書店など流通に携わる方々などなど、多くの人の手によって世に出ることのできた本であるから、私の一方的な気持ちではあるが、彼らに報いるためにも一冊でも多く売れてほしいと思った。(私の耳に届いている範囲では)予想していた以上に好意的に受け入れられたことは幸いである。
ことのほか嬉しく思ったのは、俳句にさほど興味をもっていなかった方が、たまたま何かの縁でこの本を手にとり、感想を伝えてくださったことである。手紙をくださったり、SNSに書き込みしてくださった方々には当然感謝しているが、たとえば本を差し上げた方から、特に反応を返してもらえなかったとしても当然のことであり不満などない。そもそも私自身がお贈りいただいた本に対して何も返信をしていないのである。誰かに本を差し上げることにはさまざまな意図や思いがあるが、もちろん受け取る側にも事情やポリシーがあるだろうし、タイミング的にも嗜好という意味においても「合う、合わない」がある。
句集を自ら読み返したり、読者の方からの反応を聞いたりするうちに、私の気持ちにまた少し変化が生じた。句集出版の前にはまるで他人の作品のようだとも感じた私の俳句であるが、やはりまぎれもなく自分自身のものであり、それを作った過去の自分と、現在の自分は確かに連続しているのだと改めて思った。