2017年5月25日

朝顔の双葉の声の聞こえずや

朝日新聞の歌壇を読んでいる人にはよく知られているが、富山の松田姉妹という恐るべき少女歌人がいる。お母さんが短歌をされていて、小さいころから一緒に作って遊んでいたとのことだが、小学生で既に常連の入選者となった。私が注目し始めたのはお姉さんの梨子ちゃんが中学生になるころからだったが、大変な才能だと思った。

汗よりも涙はゆっくり落ちてゆく閉会式が終わった砂に

これは初めての体育祭のときの歌である。これには舌を巻いた。涙は溢れ出るまでに時間を要し、しかも同じ水滴でも落下するスピードが違う。こんなことに気づくとは!2年前に、母校の高校の創立記念日のイヴェントで在校生1000人ほどに講演をする機会があり、「言葉の力」という話をした。その中で、この歌をまず取り上げ、定型でものを見たり感じたりしていると、散文的生活では気づかないことを発見できると言った。それが、一日一日をより深く生きることにつながるという話をしたのだけれど、高校生たちは結構真剣に聞いてくれた。前年は私語が多くて講演者が怒ったという話も…。
その後の梨子ちゃんの歌をいくつか挙げると

4階の廊下を風が吹き抜ける君がえんぴつ派だって知って
ロープウェイ降りればそっとひぐらしが鳴いているここは夏の終点
黒と紺迷って決めた新しいコートは雪に合いそうな紺
十二時にならないうちに眠ります向こうは明日の私の領分

という次第。感心するのは、そのリズム感覚である。句またがりを駆使している。定型で表現することの快感を知った少女は、決してこの自己表現の手段を手放さないだろう。彼女が成長するとともに、お母さんのこんな歌も載った。

子の髪を編み込みにしてやりながら誰と行くのか聞けないでいる  松田由紀子

梨子ちゃんは今年、大学生になって東京暮らしを始めた。第一志望の大学には合格できなかったらしいが、それはそれで新しい生活を楽しんでいるようだ。そんな日々を投稿欄の作品でずっと読んできた。