2017年10月2日

秋声やみつみつとして川の花

「安里琉太」という俳号は、西日暮里のとある中華料理屋で命名されたものだ。
この俳号は、私自身を指しながら、「アイデンティティー」的側面も指している。それは「琉太」が出身地の廃藩置県以前の名称(困ったことにすぐ政治的になってしまう)である「琉球」を想起することと、「安里」という名前が沖縄の名字であるとわかってしまうという二点においてである。後者は、「佐藤」や「山田」、「田中」という名前がありふれて無徴化されていることとは違うのである。
そんなことも手伝ってか、あるいは名前に親の期待が込められるからか、「沖縄を何故詠まないのかい?」と尋ねられることがよくある。沖縄に住み日常を詠んでいた私は、どうやらそれでは「沖縄を詠む」ことにはならないらしい、と思った。