月面をピザカッターが走り抜ける 野口裕
(「五七五定型」第五号、2011)
西原 これ、二人分(前回・前々回)聞いてきて、分かった。難しいね、自分の気に入った句をうまく紹介するのって。
野口 うふふふ。
上田 難しいですよね。
江渡 ですよね。
西原 「月面をピザカッターが走り抜ける」。『五七五定型』の第五号に載ってます。野口裕さんと小池正博さんが二人でやってる雑誌です。野口さんは俳句、小池さんは川柳の人。
神野 今号で終刊なんでしたっけ。
西原 そう。もともと五号限定で始まった。で、一冊の中で、おふたりが、五十句作品をふたつずつ出している。
神野 ふたつ? 百句ではなく、五十句と五十句?
西原 そう。
神野 じゃあ、テーマで分けられてるんですか。
西原 ふたつの作品はどっちも、かなり意味深長なタイトルがついてて、野口さんは「終わりのはじまり」と「はじまりの終わり」。
江渡 なるほど。
西原 これ、ニュアンスをつかむのが難しい概念ですよね。
上田 「終わりのはじまり」はいうけど、「はじまりの終わり」はあんまり聞かないですね。
西原 日本語ではね。でも、英語ではthe end of the beginningもよく見る。それで、この句なんですが、そもそも「月面」って秋の季語になるのかどうか。
野口 たしかに(笑)
上田 そこ?(笑)
西原 僕は季語に厳格ではないので、どっちらでもよくて、ポイントは、月面ってことばの二十世紀性。それから、ピザカッターの安っぽさ。そこが好きだな、と。
上田 アポロ、ですかね。
神野 月面だから?
上田 そうですね。
西原 ただ、月面を、ピザカッターが、ころころっと走り抜けるところだけを想像すればいい句。「走り抜ける」と、下が六音なのも、いい。
上田 「月面」、いいですねえ。ピザカッターがくると、丸いものを思っちゃうけど、月面っていうのはどこまでも続くものじゃないですか。地面とおんなじで。そこに二重性が生じるところがいい。
西原 それともうひとつ。俳句に寄りかかった抒情っていうのは、みなさんすでに頻繁に目にしてるでしょ。それを、どう伝えるかの方法もある程度確立していて、どう読めばいいのかも、枠組みとか約束事があって、それに乗っかる。作り方と読み方、伝え方と伝えられ方が整備されていますよね。そこからちょっと外れたものを読みたいというところがある。あまりに外れすぎてると、楽しめないけど、そのへんがこの句、ちょうどいいあんばいでした。
江渡 なるほどね。
西原 それと、この安っぽさも好み。
上田 ピザカッターを出してくるあたりですか。
神野 基本的には、月って丸いから、それをピザに見立てて、ピザカッター走らせようっていう句だと思いました。ただ「月面」って言葉を使ったことで、ゆらぎみたいなものが生まれてるってことですよね。かつては「月面」に続く言葉って、もっと夢があって、立派なまじめなものだったんですよね、きっと。でも、この句では「ピザカッターが走り抜ける」。非常に、ぺらっとした感じになる。
西原 スケールの変換もある。
神野 そうそう、それです。そこの面白さなんでしょう。
西原 月面とピザ、丸ってところは似てるけど、色は似てない。
野口 色(笑)。
西原 月面みたいなピザだと…三種のチーズピザ。
江渡 あははは(笑)。
西原 具がなにも載せられないでしょ。だから見立てじゃない。
上田 月とチーズは、近いものとして扱われますよね。「ウォレスとグルミット」で、月がチーズでできてたりとか、それ、たぶん黄色いからなんですけど、でも、「月面」っていうと、灰色のざらざら感が出てきますて、そこも、軽くゆらぐ。
野口 ひとの手が見えないですよね。ピザカッターだけが、ターッといってる感じがして。あと、最後、六文字にしてるところで、ついていけてない感じ、ピザカッターがすごく先に行っている感じがしました。
西原 すっと作ってる感じがいい。意匠を凝らしてる感じがしない。
上田 そうそう。だから、素通りしそうな句ですよね。
西原 そういう句のマニアですから(笑)。でも、野口裕さんの今回の100句は、どれか一句だけ選べって言われたら、難しいかもしれませんね。
神野 そういうとき、自分じゃないと選ばないだろう、っていう句を選びますか?
西原 自我が出るよね。俳句つくるより、むしろ。
野口 たしかに。
上田 この『五七五定型』、小池正博さんのも面白いですね。これ…「超能力ベビーの目覚め爽やかに」。
江渡 「爽やかに」って(笑)。
西原 俳句と川柳、百句ずつ読むとね、なんとなく区別が見えてくるんですよ。ふわあっと、ね。俳句と川柳の違いははっきりと言えないけど、でも、いっぱい読んでると、ふわあっと、違いが見える。
上田 ピザカッターは俳句で、超能力ベビーは…
西原 川柳。
上田 一句ずつ見ると、俳句か川柳かわかんないですね。「爽やかに」…季語入ってるしなあ。
西原 ちょっとした口調とか、ですかね。俳句じゃない口調というのを川柳に感じることがあります。そういえば、小池さんの句集、面白かったですよ。
神野 『水牛の余波』。
西原 野口裕さんはね、上手に書こうという感じが見えない。そのへんのふっきれた感じが面白い。打率狙わない人って、面白いじゃないですか。狙ってくる人の俳句を五十句読むより、狙ってこない人の句を五十句読んで、そこから自分のこれっていう句を一句二句見つけるほうが、こっちの行為としては面白かったりする。
神野 積極的に読む楽しさですね。
西原 作るほうからすると、百句から五十句にしぼって発表するのではなく、八句から十句選ぶ、みたいなね。
江渡 もとよりも増えてる!(笑)
西原 ひとつの句を、ふたつに分けたり(笑)。でもね、そのほうがいい場合もあるんですよ。
(次回は、インターネット×俳句について。)