つばくろや鐘の中には未生の韻   中原道夫

つばめの来る若葉のころ、お寺の境内に来ると、くろぐろとした鐘が、ふと目につく。あたりはしずかだ。でも、どこかに、なにかが生まれる予兆のようなものがある。こうした季節だからだろうか。まだ生まれてないけれど、これから生まれるであろう鐘の音が、鐘の中に潜んでいるのだというロマンティシズムを、私は愛したい。「鐘の中には未生の韻」とは、ほんとうに格好いい決め台詞である。

私は寺と読んだが、教会のベルでもかまわない。燕には、どちらに読んでもよいモダンさと郷愁が兼ね備えられている。「鐘の中には未生の韻」という、機知から導き出されたフレーズを、リアルの世界にさっとひきつれていってくれる、燕の一閃が眩しい。

昨日に引き続き、中原道夫第十句集『天鼠』(沖積舎・2011年4月)から引いた。小川軽舟氏は、『現代俳句の海図』(角川学芸出版・2009年9月)に「中原にはよく知られた代表句がいくつかある。代表句とは多くの人に諳んじてもらえる句ということだ。若くして代表句があるという点は、俳人としてうらやむべき中原の強みであると言える」と述べているが、中原は若いころに限らず、出す句集句集に一句は、人口に膾炙した、代表句と呼ぶべき句が、コンスタントに在る。

この新刊句集で、代表句と呼ぶべきは、たとえばこのつばくろの句ではなかろうか。「一片は詩一變は死はなひひらぎ」、こちらのドラマチックな読みかえも捨てがたい。

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