ここには、基本的に「なめくぢり」のみが描かれている。「なめくぢり」とは、一般にいう「蛞蝓(なめくじ)」のことで、俳句では夏の季語となる。そして、掲句においては、そのなめくじが、「花びらのごとくつめたく」と表現されている。たしかになめくじの個体というものは、水分を主成分として成り立っているわけであり、それゆえに実際に触れると随分と「つめたい」感覚をおぼえる。
「花びら」といえば、順当に考えるのならばやはりまずは桜に連想が及ぶといっていいであろう。また、この「花びら」と併せて、句中の「つめたく」という言葉との関係性からは、それこそ季語である「花冷え」の存在も想起されるところがある。
なめくじというものは、概して人々から嫌われる傾向が強いが、掲句においては、上五の「花びら」という言葉の持つやや甘美で華やかな印象が、この「なめくぢり」の異形性をいくらか中和している感がある。それゆえ、ここでは「なめくぢり」の存在が、「つめた」さを媒介として強い実在感を以て捉えられつつも、その一方で慄然とするような感覚についてはいくらか緩和されている印象を受ける。
また、思えば、「花びら」という言葉には、単なる甘美さや華やかさといった印象のみならず、その反面の儚さといった要素が内包されているものといえよう。そして、それゆえに、ここには作者の「なめくぢり」に対する単なる嫌悪や否定のみではない感情というものを見て取ることができるように思われる。
掲句は、第二句集『沙鷗』所載の一句である。作者は、元詩人であり、歌人でもあったという経歴の持主であり、第一句集『夏越』を通読すると、それらの表現のジャンルを経てきたゆえの言葉そのものに対する強い意識や思い入れといったものが随所にうかがえるところがある。例えば〈感情といふ語を思ふ梧桐をも〉〈寒影の生木を拾ひあげにけり〉〈やや濁る浮葉の紅にこゑ失くす〉〈百千鳥けふに遅るるごとくなり〉〈澄む水の楔をなして流れけり〉〈つばくろに仕ふる空となりにけり〉など、どちらかというと「言葉派」とでもいうべきやや晦渋な表現による試行がなされていることが確認できよう。
そして、第二句集『沙鷗』においては、前句集と同じくそういった言葉に対する強いこだわりを感じさせる句が散見される一方で、〈人とゐてしづかに今日や樟の花〉〈ゆるやかに深く青葦原吹かる〉〈林中に広き道ある晩夏かな〉〈秋風の二階を走る子供かな〉〈ひろびろとして花過ぎの風つよし〉〈黄菅咲く父に小さき画帳あり〉などといった、どちらかというと自然体ともいうべき平明な表現の作品がいくつも見られる結果となっている。これらの句を見ると、まさに「俳人」といった趣きがそのまま感じられるところであるが、掲句については、その内容もさることながら、平易な表現の中にもかつての詩人や歌人としての面影がいくらか揺曳しているようでもあり、一読なんとも忘れ難い一句といえよう。
山西雅子(やまにし まさこ)は、昭和35年(1960)、大阪府生まれ。10代で詩作を始め、のちに歌作を開始し「心の花」に入会。平成元年(1989)、歌集『花を持って会いにいった』。同年、岡井省二に師事。「晨」を経て、平成3年(1991)、岡井省二の主宰誌「槐」創刊に参加。平成9年(1997)、第1句集『夏越』。平成13年(2001)、岡井省二の逝去に伴い「槐」を退会。平成20年(2008)、大木あまり、石田郷子、藺草慶子とともに「星の木」創刊。平成21年(2009)、第2句集『沙鷗』。平成22年(2010)、「舞」創刊、主宰。