一説によると、「俳」という字には、「そむく」という意味が含まれているという。思えば、「俳」における「非」の部分は、あたかも人と人が背中合わせとなっているように見えるところがある。これは二人の人物が互みに背を向けて芸を行っている様子を表象したものともいわれており、ゆえに「俳」における「そむく」とは、人とは異なる変わった芸を行うことの意と見ていいであろう。そして、これはそのまま「俳句」にも当て嵌まるものといえるはずである。
作者は、元々現代詩を書いていたそうで、一篇の完成にあまりにも時間を要するゆえ離れ、その後短歌に手を染めたものの違和感をおぼえ中断し、それから俳句を書くに至ったという。その批評能力は、やはりかつての詩人としての相貌をうかがわせるに充分なものがある。また、古典に関する見識も高く、第1句集『ウルトラ』の始めには、蕉門の俳人其角の句が掲げられており、この其角、そして近くは加藤郁乎、攝津幸彦といった諧謔の精神の流れの上に見出されるのが、この作者となろう。こう見ると、それこそ正統派の俳人といえるように思われる。
実作者であると同時に批評家。そのような表現者の代表例を挙げるならば、詩人ではボードレール(1821~1867)、俳人では高柳重信(1923~1983)となろうか。高柳重信といえば、先に挙げた加藤郁乎、攝津幸彦の師もしくはそれに近い存在であった。思えば、重信の作品には、現在から見るとあまり確認できない要素がある。それは、同時代性やリアリズムの問題であり、重信の作品には、それらの要素がさほど反映されていないのである。そして、重信とは反対にそういったアクチュアリティを果敢に取り込もうとしているのが、この作者といえよう。
これまでの句集として、現代における諧謔を湛えた第1句集『ウルトラ』、全句に前書を施し現在の都市生活を叙述した第2句集『荒東雑詩』、テーマ別の連作集ともいうべき8分冊からなる第3句集『俳諧曾我』と、その各々において同時代性が意識され、そのまま反映されていることが見て取れる。
掲句は、『荒東雑詩』収載のもので、長い前書が付されており、比叡山上を発つバスの車中における句であるとのこと。ここにおいて「悠々(いういう)」としているのは、「夏の月」であろうか。ともあれ、この月はいうならば〈市中は物のにほひや夏の月 凡兆〉の時代から延々と変わることなく射しているものということになる。現在の煌々たる電光に彩られた京都。さらには、日本全土。まさに夜の「混沌国」の様子が直載に捉えられているわけであるが、この作者には他にも、掲句のような都市の実景をそのまま描出したものが少なくない。例として〈東京やここ山河なる桃青忌〉〈西日の渋谷で生まれたやうな気がするの〉〈花火の城の鼠と家鴨と青人草〉〈寒夕焼すべての道は歌舞伎座へ〉〈霊的ニャ高田馬場のガムを踏む〉〈此の道や行く人なしに秋のクレーン〉〈ハムより冷たい薬系女子と立食せり〉などが挙げられる。
この作者の俳句を、ただ単にふざけているだけのものと見るならば、それは誤りであろう。結局のところ、高山れおなという作者は、内なる作家精神の強い働きによって、ジャンク的な「混沌」たる現在に分け入り、絶えず人々の固定観念を刷新しようとする表現者、即ち俳人に他ならないということができるはずである。
高山れおな(たかやま れおな)は、昭和43年(1968)、茨城県生まれ。平成4年(1992)頃、総合誌「俳句空間」に投句。平成5年(1993)、同人誌「豈」所属。平成10年(1998)、第1句集『ウルトラ』。平成17年(2005)、第2句集『荒東雑詩』。平成24年(2012)、第3句集『俳諧曾我』。