ぶつかる魚夏はこほらぬみづの中
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『おそ松さん』をめぐる問題について。
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赤塚不二夫の『おそ松くん』がテレビアニメになる、という情報がTwitterで流れてきた。赤塚不二夫生誕80周年記念ということらしかった。何十年も前に二回アニメになっている。一回目は1966年でこれはモノクロ。二回目は1988年。今回のはタイトルを『おそ松さん』という。主人公の六つ子はじめキャラクターたちが大人になった後の話だという。キャラクターデザインも全体にあか抜けてすらっとしている。
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次の日になって公式Twitterアカウントが声優の情報を流し始めた。主人公おそ松の役は櫻井孝宏だった。人気の男性声優だ。公式アカウントは、毎日、午後6:06分に一人ずつキャストを発表していった。次の日、カラ松役が中村悠一に決まった。三日目、チョロ松役が神谷浩史に。そして一松役に福山潤、十四松に小野大輔、トド松に入野自由。このキャスティングは、男性声優ファンにうけがいいラインだった。『おそ松くん』のアニメ化がそのような形になっていたことをおれは少し意外に思った。
「おそ松さんの声優がちょっと予想外の方向性だった」とおれはTwitterにつぶやいた。
何日かして、信治さんからこのツイートにリプライが来た。信治さんは、同じ同人誌でお世話になっている俳句の先輩。
「どういう方向性なのですか?(小野さん当たったね)」
え、と思った。信治さんはそもそもあまりTwitterに顔を出さなかった。まして声優の話に反応するとは思わなかった。
(なお小野さん当たったね、というのは、おれのリツイートした、小野大輔の起用を予想したツイートに対するコメントである)
おれはこのリプライに困った。いざ返事をしようとしたら、うまく説明できない気がした。そのときおれは東京から茨城に戻る電車にいた。電車の中で、しばらく考えた。さまざまなことが複雑に絡みっている気がした。おれは勝手に心理戦を始めた。
おれ自身は男性声優の熱烈なファンではなかった。ファンだったら話は簡単だったかもしれないが、自分がそうではないので、そのファン層について説明する必要があった。深夜アニメの制作本数爆発が起こった2000年代以降、アニメの内容ではなく、どの声優が出演しているか、というのがアニメ視聴の動機になる層が現れた。『おそ松さん』は、そのファン層に人気の高い声優を大勢起用した、いわば「狙った」作品であった。その様子は公式Twitterアカウントを見れば察せられる。カラ松役を中村と発表したツイートは、本稿を書いている7/11時点で5189リツイート。アニメの公式情報としては、かなりいいセン行っている。これをリツイートしているのは、たぶん、大方が男性声優ファン。赤塚不二夫ファンは、あんまりいなさそう。
『おそ松くん』の大人版アニメと聞いたとき、おれはキャスティングを意識していなかった。1988年版のチビ太が田中真弓だったことは思い出したが、前キャスト続投の夢想をしたわけでも、刷新キャストを考えたわけでもなかった。このアニメ化の意味は「赤塚不二夫生誕80周年記念」にあるのだから、他の側面に意味が付与されるとは思っていなかった。まして声優ファンを露骨に狙ったとなると、あざとさすら感じた。
ついでに言うと、このファン層はいわゆる腐女子が多かった。必要十分条件ではなかったが、男性声優ファンと腐女子とが大きく重なることは、このアニメのあざとさを理解するのに欠かせない気がした。
これを、簡潔に説明する必要があった。Twitterは一度に140字しか書き込みができない。かつ、信治さんのリプライの意図を汲み取る必要もあった。「どういう方向性なのですか?」に対して、何から説明すべきか迷った。信治さんはおれよりずっと物知りだし、奥さんは漫画家だし。はじめのリプライで小野大輔の名前を出しているのもそういうことではないかな。でも、小野大輔を知っているなら、小野大輔がファンにどのように消費されているかも知っているのではないか。だとしたら「方向性」を尋ねるのは少し変だ。おれのリツイートで名前を見ただけかもしれない。年長の人は、わりとオタクのノリを知らない。下手にネットスラングを用いて引かれるのはいやだな。
おれはひとまず、『おそ松さん』が、一般的なアニメ(『プリキュア』とか)とは違った売り方をしていることを示そうと思った。
「たとえば水田わさび目当てで「ドラえもん」を見る人はあまりいないと思いますが、小野大輔目当てで「おそ松さん」を見る人はいるだろう、ということです」
いい説明だと思った。藤子・F・不二雄と赤塚不二夫は同時代の国民作家だし、ほんらい『おそ松くん』もまた『ドラえもん』と同じように享受されていた筈だから、対比としては決まっていた。小野大輔の名前を出したのは、向こうが先に出したのだから、こっちも何食わぬ顔で言ってみようという賭けである。
すぐに返事が来た。
「どういう人が見るのですか」
賭けは外れた。おれは「男性声優が好きで、その人目当てでアニメを見る腐女子」の説明をしなければならなくなった。だがおれは腐女子という言葉を使う気にならなかった。そもそもあまり行儀のいい言葉ではないし、それに、おれの世代が日常茶飯で使っている「腐女子」のニュアンスを簡単に説明できる気もしなかった。もとはBLが好きな女性オタクを指しているが、いまはBL嗜好を問わないこともままある。それに、腐女子であることと声優ファンであることの決して必要十分条件ではないニュアンスをどうやって伝えたものか。俺自身、そのあたりのことはよく分からなかった。
「小野大輔が好きな人です。声優のアイドル化はたぶん女性声優から始まりましたが、いまはもっぱら男性声優ファンのほうがディープだと思っています」
これは、よくない返事である。あきらかにあちこちで言葉を濁している。「声優のアイドル化はたぶん女性声優から始まりましたが」と言うことで、声優自身が売り物になっているという前提を勝手に押し付けている。近年になって声優がアイドル化した経緯を言わなければならなかったが、1990年代末の椎名へきると國府田マリ子あたりにあるとおぼしきその源流がどの時点で男性声優も取り込んだのか、だとかを考え始めたら、おれは混乱し、このような意味不明瞭な返答になってしまった。それから、腐女子という言葉を使いたくなくて「ディープ」なファンと言っている。コアだとかディープだとかの形容をオタクに使うのはもはや死語の気もしたが他に思いつかなかった。
「あ、なるほど。そういう人が6人集まりつつあるのですか?」
あーっそのあざとさを説明するのを忘れていた。
「そうですね。「どのクールでも主役かレギュラー」のラインが集まりつつあります。「あざとさ」を感じます」
これもちょっとだめ。本件の最大のあざとさである「ファンが喜びそうな主役級の男性声優を六人も絡ませる贅沢な遊び」感を説明しないといけなかった。ふつうに「ファンが喜びそうな主役級の男性声優を六人も絡ませる贅沢な遊び」感って言えばよかったのに、おれはテンパってこんな回りくどい説明をした。
で、これがオチ。
「かけるさんのTLから、あちこちのぞいてみて、声豚というワードに出会い、たいへん納得がいきました。どうもありがとう」
どひゃ~~。
そうである。「男性声優が好きで、その人目当てでアニメを見る腐女子」はネットスラングで言えば「声豚」である(男性→女性、腐女子→オタの入れ替えはもちろんできる)。おれが『おそ松さん』関連でリプを飛ばしあった友人がこの言葉を使っていて、それはおれのツイート一覧をさかのぼれば誰でも見られた。
でもこの言葉すっげー下品だから、「声豚で納得できた」と言われてしまえばちょっと恥ずかしい。別におれも信治さんも悪くないのだがおれは勝手にもじもじした。かくしておれの一人の心理戦は幕を閉じた。
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オタク的な文脈を知らずとも『声豚』と聞けばおおよそのニュアンスは察せられるのである。言葉おそるべし。エッセイストの山本夏彦が何度も書いている。「分かるものは子供でも電光のように分かる」。