2015年3月17日

風のこゑ聞くやう梅の開き始む

高浜虚子は「天地有情」ということをしばしば言っていた。天地が情をもつとは、それに命が宿っていると捉えることに他ならない。その虚子の自然観に立ち、万物の命に触れて共感したり、問いを投げかけたり、挨拶を交わすように心を通わせること。

虚子のいう「存問」の対象は自然に限らないが、自然との存問とは、そのように万物の命と私たち人間の命とが交響曲を奏でるような状態をいうのだろう。対象物を優しい心で深く見つめることによって、その無言の言葉を聞き取ることができる。