千万言『定義』に尽くし紅葉山
『定義』は、詩人谷川俊太郎の詩集で、1975年に思潮社から刊行された。
実に特異な詩集で、基本的には「散文詩」による作品集となる。
内容は、ひたすら日常における様々な事物を言葉によって徹底的に描写する、といった性質のもの。
そういった行為から浮き彫りとなるのは、決して単なるありきたりな事実というわけではなく、現実の世界そのものにおける言いようのない「奇妙さ」である。
極めて精緻な言葉の描写によって、「当たり前の現実」が、実に摩訶不思議なものとして眼前に現出してくることの驚異性。
現実というものをどこまでも突き詰めてゆくと、こういったかたちになる、という好例といえそうである。
ここまでくると、もはやひとつの「哲学」の域にまで達しているといっても過言ではないであろう。
そして、その一方で、これほど正確な描写を行っても、この「現実の世界」と、「言葉」とは遂に「別の物」であるという事実にも、また驚いてしまうところがある。
それこそ、この詩集の内容からは、『新約聖書』の「ヨハネ伝福音書」第1章の次の部分さえ、思い起こされてくるようである。
太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神とともにあり、言は神なりき。この言は太初に神とともに在り、万の物これによりて成り、成りたる物に一つとして之によらで成りたるはなし。之に生命あり、この生命は人の光なりき。光は暗黒(くらき)に照る、而して暗黒は之を悟らざりき。