2013年8月25日

軽やかに口火を切りし薄ごろも

今日は俳句甲子園の準決勝・決勝が行われる。今年の勝者が決まるのだ。

俳句甲子園のディベートの仕方も大分変化してきている。僕たちが選手だった頃は、質疑応答の内容がきつい時期で、
「天使と言えばキューピッドのことに決まっています!」
「先ほど言われたことと矛盾するので、この句は未完成なのですね?!」
なんて厳しい言い方が見られたので、俳句で口げんかをしていると評されたこともあった。
それからすぐに
「季語との取り合わせが素敵なフレーズだと思います。しかしよく見ると切れもなく、季語の説明と言うだけに落ち着いているのではないでしょうか」
「そのように読み取っていただいて光栄です。しかし、作者の感動は季語にあるので、この表現で適切です」
と、褒めつつ攻めるような形になり、また会場を沸かせる独特なパフォーマンス性も評価されディベートに賞も与えられた。
その辺りで、ディベートの加点で勝敗に差がつく結果に対して、俳句の出来そのものを重視されないのはどうかという議論が展開される。いくら句が良くても、ディベート慣れしていなければ負けるというのは確かに納得しがたい。
もともと、俳句の作品点が10点満点で、それに対してディベートの加点は微々たるものではあったが、これまで以上に句の作品点を重要視するよう内規ができると同時に、ディベートもディスカッションを通して句をよりよくするにはどうしたら良いかという事を突くようになって今に至る。句のレベルも全体的に上がってきて、現代俳句と伝統俳句の系統の違いはあるが、客観的に見れば同格なのでは?という試合も多くなってきている。
ならば高浜虚子の「選は創作なり」という言葉があるように、俳句という素材をどのように解釈して句の世界観を広げるかというところに実力が現れるのではないだろうか。ディベートによって審査員の目から鱗を落としてやるくらいの意気込みが今年の俳句甲子園でも見られた。
近年、大会の記録などをOBOGが力を合わせて一冊の本にまとめているので、また今年の物が出版されたら手にとって読んでいただきたい。