〈母病む〉と前書き。
前書きがあることから、「切望」しているのは母であることが分かる。
バナナが大好きな母が病み、二本で満足してしまうことへの寂しさ。
いや、しかし。バナナ二本も食べれば充分だと思ってしまうのは筆者だけであろうか。
ここで多くの作家は、この「二つ」という三音を、せめて、一つ、三口、にして、
少なさをアピールし、弱りゆく母と居る寂しさを演出しようとするかもしれない。
しかし、この「二つ」は「二つ」であるがゆえに、妙にリアルなのだ。
下五の「寂し」も、それまでの文脈でもうすでに寂しさが伝わっているし、
また、「足る」と「寂し」と切れが二つ続くことになることからも、
いわゆる俳句のセオリーとしては不必要であると言えよう。
しかし、「寂し」と言わずにはいられない作者の心に、妙に心を動かされてしまう。
「草城句集(花氷)」(『日野草城全句集』沖積舎、1996)より。