方言かなし菫に語り及ぶとき   寺山修司

最近でこそ、方言が可愛いという見方があるが、
当時は、方言は馬鹿にされるものであり、なかなか受け入れられないものであっただろう。
その土地にいるときには感じないであろうから、きっとよその土地、たとえば東京でのシーンか。
自分はもうすっかり標準語を使いこなしていたとしても、
耳に入ってきた方言に、心揺さぶられなんともかなしくなってくるものだ。
また、故郷を離れる人が増え、方言そのものが滅びゆく存在であることも思わされる。
そんな方言のことを思うシーンとして、「菫に語り及ぶとき」がとても巧みである。
ふつうの会話で菫に話が及ぶことなどそうないだろう。丁寧に作り込まれたシーンである。
菫の深い紫色とささやかな佇まいが、故郷への思いを静かに湛えている。

『寺山修司コレクション1 全歌集全句集』(思潮社、1992)より。