【4】これ着ると梟が啼くめくら縞  飯島晴子

その洞窟には炎が一つ灯されていて、それを守るのが梟の役割だと言われた。その炎は命の炎と呼ばれ、長年火の番が命を落としても守ってきたものだ。梟が火の番となった今も、炎を消そうとする輩は多く、梟は常に気を張った状態だった。
週に一度、少女が来る。少女は梟の食糧や薬草、不自由ないか身の回りを世話する為に来る。梟は、その少女の母親から火の番を引き継いだが、その女も既にこの世にはいない為、少女もまた、一人だった。
「こんにちは」
洞窟に少女の声が響く。
「ぼろぼろだな」
「うん、なんか変な人がうろついててね。消すのに時間かかっちゃって。待った?」
少女の羽織っているローブは裾が汚れ、破けている。少女の母親が着ていたものなので、年季が入っているものだが、これが物凄く使い勝手がいいのだと、少女は言う。
「大丈夫か。怪我は?」
「大丈夫よ。新しい杖の使い方に慣れなくて、手間取っただけだから。おかげでどこに飛んでいってしまったかわからない」
少女はてへっと笑う。
「で、懐に何を持っているんだ」
「あ、わかった?拾ったの」
ローブから出てきたのはウサギほどの大きさの鼠だった。
「食糧じゃないからね!!」
しまったという顔をして、少女は釘をさす。丸々と太って美味しそうではあるが。
「どうもこんにちは」
しゃべったのは、梟でも少女でもなかった。鼠がにかっと笑う。
その歯並びが奇妙で食欲が失せた。
「しゃべるのか」
「気持ち悪いでしょう。まぁしゃべる梟も大概だけど。次の守り番に育てようかと思うんだけど、どう思う・・・?」
「何故?」
「人間の言葉を話すということは、人間とコミュニケーションをはかるためにそうできているってことでしょう?あなたがそうであるように。この鼠が人間の言葉をしゃべることにはきっと意味があるはず。加えて、私の前に現れたんだもの。この火の番の継承者に関係しているのかなと思って」
「しかし、その鼠に、ここを襲ってくる輩を倒せる力があるとは思えないが」
「そうよね、あなたのような爪も翼も嘴もない。どうしたもんかなぁとは思ってるのよ」
加えて暢気だ。少女の膝の上でくつろいで寝ようとしている。根本の性格は直すことはできないから、この鼠に火の番はむいていないと思うのだが・・・。
「でも、言葉をしゃべるのよ。あとは、魔法を使えるように仕込むしかないかなって」
「おいおい。お前さんでも魔法は完璧ではないだろう。下手なことはしなさんな」
「私が教えるんじゃないわ。あなたが教えるのよ」
眩暈がした。
「は?」
「しらばっくれないでよー。ママが言ってたわ。あなたは魔法が使えるって。私だって教えてほしいくらいだわ」
「残念ながらそれはできないんだな」
「なんで?」
「梟が使う魔法は、己の命を消費していくものだ。魔法の消費量はすごいからな。人間と違って、杖などの道具に頼ることができないし、あと何回使えるかわからない。次が最後かもしれない。だから使わない」
少女はショックを受けたように固まった。
「その鼠だって同じかもしれない。魔法を使うということは、たやすいことじゃないんだよ」
「そうか・・・。その炎は一体何なんだろうね。誰かの命や生活を犠牲にしてまで守らなければいけないものなの?」
少女が手を伸ばしてきたので、その腕にとまる。そうすれば、少女はいつも梟の毛並を整えてくれるのだ。
「この炎は『神の命』と呼ばれているよ。神という存在がどういうものを指すのかわからないし、消えたことがないからわからないが、消えたら恐ろしいことが起こると言われている。何か一つの犠牲でこの世の安泰が図れるのであれば、その犠牲は決して大きいものではないのだろう。けれど、犠牲があることで、お前さんみたいに心を痛める者がいるのも確かだ。炎が必要ないと攻撃してくる存在がいるのも確かだ」
少女の手はあたたかく、心地よい。鼠が寝てしまうのはとてもよくわかる。
「私はお前さんのお母さんがとても好きで、彼女に頼まれたから守っているだけだ。この炎が大切だから守っているわけではない。だから、後継ぎを考える時は、もう少し慎重に考えてもいいかもな。私が死んだらこの炎は君のものだ。よく考えてどうしていくか決めればいい」
少女はしばらく黙りこんだが、やがて小さい声で「わかった」と呟いた。
「そろそろ行くね。食糧はここに置いておくよ。あ、それとね、今あなた用のローブ作ってるの。季節関係なく着られるように、めくら縞のやつなんだよ」
「楽しみにしてるよ」
少女はにこっとほほ笑み、鼠をローブの中にしまい、洞窟を出た。
少女が去るとまた静寂が訪れ、炎の揺らめきだけが残った。
梟が一声啼くと、炎はまたそれにあわせて揺れた。