清水ちなみ・原田宗典『肉体の門』(扶桑社、一九九五)の一句。同書は清水ちなみ(俳号清水ちまめ)が組織していたOL委員会を母体として一九八九年に生まれた「肉体派俳句会」の句集である。肉体派俳句会について清水は「われわれ肉体派は肉を尊び肉を用い肉を詠み肉を食う一門」とし、規則を次のように定めている。
一、季語はいらない。肉語がいる
二、原則として、五、七、五で詠む
「肉語」については次のような定義がある。
一、肉体の部分を表すもの
頭、胃、もち肌、かりあげ等
二、肉体と密接にかかわるもの
おならした、寿司食った等
三、肉体の状態を表すもの
おいぼれて、風邪ひいて等
四、また、「食う」「寝る」「やる」は肉語に準ずるものとします。
この句集を支えている「俳句」観は、いたってシンプルなものだ。先の二つの規則に加えて、清水は次のように述べている。
平成の時代、私たちの身近にある最も豊かな自然は、私たち自身なのです。自然の一員である人間、感動の源である人間であることを日々の生活を通して感じ、じーんとすること。
これをすなわち俳句といいます。
つまり清水の「俳句」観には、前提として、季語を用いて定型で自然を諷詠するという「一般的」な俳句があるということであろう。そして、最も豊かな自然がいまや「私たち自身」である以上季語でなく「肉語」によって人間を詠むということが清水のとっての「俳句」なのである。このようなシンプルな定義は俳句表現史への無理解から来るものともいえるかもしれないが、しかしながら、これを単なる清水の無知として斥けてしまってよいものであろうか。俳句表現史を知らない清水の「俳句」観こそがむしろ一般的なものであろう。ならば、それを無知として斥けてしまうのみであるならば、それは斥ける者の状況への無知を露呈していることになりはしないだろうか。
さて、同書に収録されている「俳句」を挙げてみよう。
イカ墨を食べたらうんこが黒かった
OLのおしゃべりで今日も消される部長のカラオケ 白原
あら痛いナプキン逆さに張っちゃった 丸山
ハイレグを剃らずに着たらはみだした 山本
ボディコンで鍋からラーメン食う私 志賀
青いのね大人はみんなこうするの 佐々木
諏訪さんと三発ヤッたら腰抜けそう 藤間
一句目は本書において「肉体派」の作品例として挙げられているものであるが、この句には次のような「解釈」が付いている。
イカ墨のスパゲッティを食べた翌日、いつものように朝、排便をすると、何と真っ黒なものが出ていてびっくりしたことであるよ。
この国語の授業で目にする鑑賞文を思わせるこの「解釈」は、学校教育における俳句のイメージを示唆していて興味深いが、今になってみれば、この句はまた別の読みかたもできそうである。
日本においてイカ墨料理が流行したのは一九九四年前後のことだ。本書の発行はその翌年であるが、つまりこの句はイカ墨料理の流行のただなかにあって生まれた句なのである。それは一九九〇年代に激増したカラオケボックスを背景にした二句目においても同様であろう。これらの句はいわば、身体を時代に曝しつつ刹那的に詠っていくときに生まれた句なのである。これらの句は、それを詠むことによってどこかに行こうとするような営みのなかで詠まれたものではない。換言すれば、既知の身体感覚を言葉にすることによって刹那的に書きとめていくという、その耐久性のない快楽に読者をいざなうところにこそこれらの句の価値があるのだろう。いってみれば、これらは一九九〇年代前半の、「OL」という言葉がまだ生き残っていた時代の刹那的な産物だったのである。
これらは「俳句」であろうか。しかしながらこれらを「俳句」ではないとして斥けたとき、ではこれらを斥けてしまう「俳句」観とは何か、ということが改めて問題になろう。僕は清水の「俳句」も清水の句を斥ける者の「俳句」も嘘だとは思わない。それぞれのよって立つファンタジーのうちに、想像力によって仮構される形式こそが、あるいは「俳句」という名で呼ばれるものであるのかもしれないし、また、そこに身を投じていく行為は、それが本質において個人的なものである以上、どのような批判も届き得ない一隅を抱えていると思うからだ。だから、これらの作品が「俳句」という名で呼ばれるというのなら、それはその呼ぶ行為の強度が保証する限りにおいてきっと「俳句」なのであろう。だから、こうした句集について真面目にとりあげる価値のないものとして無視してしまうのは違うと思う。「俳句」とはいま述べたような意味において誰のものでもあって、同時に、あなたのものではないのだ。「俳句」をいたずらに囲い込むような「俳句」語りは、そのような語りでしか語ることのできない僕やあなたの「俳句」というファンタジーへの無自覚をいたずらに助長するばかりだろう。