日本航空広報部編『ハイク・ブック 世界のこども俳句館』(平凡社、一九八九)の一句。各句に英訳、日本語訳を付す本書は日本、カナダ、アメリカ、オーストラリアの子どもたちの「俳句」「ハイク」集である。巻末の「編者あとがき」によれば、日本の俳句は一九八五年の第一六回大会から日本航空が協賛するようになった全国学生俳句大会の応募から選んだものであり、他は海外で行われたハイクコンテストの応募作からの選出によるものであるという。このハイクコンテストについてはJAL財団のサイトに次のような紹介がある。
東京オリンピックが開かれた1964年、日本航空はアメリカの音楽番組で「ハイクコンテスト」呼びかけ、このとき、全米から41,000もの俳句が投稿されました。その後、1982年から1988年にかけて、不定期ではありましたが、カナダやオートラリアにおいても「ハイクコンテスト」が実施され、それぞれ1万数千から、多くは60,000にものぼる俳句が集まりました。
公益財団法人JAL財団(旧:財団法人日航財団)は1990年以来、日本航空の“子どもハイクの事業”を引き継ぎ、日本及び全世界の子どもたち(15歳以下)を対象とした「世界こどもハイクコンテスト」を設け、2年に一度開催しています。
このコンテストの作品集は『地球歳時記』として現在までに一二冊刊行されているが、本書はこの『地球歳時記』に先駆けて刊行されたものである。日本語の「俳句」と英語の「ハイク」とを同列に論じることにはいくつもの困難があるが、『地球歳時記』の場合はさらに広範な地域、言語による「ハイク」を扱っているために事態はさらに複雑である。たとえば『地球歳時記』第一巻のコンパクト版として刊行された『世界『子供の俳句』コンテスト』(日航財団編、学生社、一九九二)に収録された作品を見てみよう。
池下満鯉魚
池上只見木葉遊
満池動了心 辛昭暉
中国語による「ハイク」は「漢俳」と呼ばれることがあるが、この「漢俳」について「世界こどもハイクコンテスト」の審査員を務めた李芒は宋時代の『宋詞』にある「長短句」との類似性や、五言絶句、七言絶句に比較したときの自由度の高さを指摘している。その一方で、一字が一音節となる言語的特徴によって漢俳は意味内容が豊富になりすぎること、それゆえに日本の俳人や中国の研究者のなかに「これは俳句ではない」とする反対意見があること、さらに「もっと日本の俳句に似るよう」五七五ではなく三四三にしたらどうかという提案がなされていることを紹介している(「各地区代表審査員によるプレハイクフォーラム」前掲『世界『子供の俳句』コンテスト』所収)。
しかしながら、ここでいう「日本の俳句」とはどのような俳句のことを指すのであろうか。佐藤和夫は『ハイク・ブック』において、アメリカの小学校教科書で漱石や芭蕉の句が日本の「俳句」として紹介されている例を引いているが、興味深いことには、そうした教科書ではまた英語の「ハイク」も紹介されており、なかには(佐藤によれば)「「俳句」が主として自然、小動物、昆虫などを詠むことを理解させるため」に両者を比較させたうえで、「あなたに伝統的な日本風の俳句が書けますか。さあ、試してみましょう」と子どもに投げかけるものもある。とすればこのあたりが「ハイク」作者にとっての「俳句」の具体像ということになるのだろうか。だが、先のプレハイクフォーラムに出席した各地区の審査員の間にかなりの見解の相違が見られるように、一九ヶ国語に及ぶ「ハイク」同士の本質的な類似性や、「ハイク」と「俳句」との間のそれを見出すのは甚だ困難であるように思われる。少なくとも、このプレハイクフォーラムでの各審査員の発言を読む限り、彼らの間にハイク形式、あるいは俳句形式についての総意は認められないし、実際、日本地区審査員の一人であった有馬朗人は「日航財団にお願いしたい。いつか、俳句、ハイクの定義についてシンポジウムを開いてもらいたい」と述べている。
Come from planet Mars
I am a huge alien
Come for spaghetti
火星からきた
わたしは体の大きなエイリアン
スパゲッティください ジェイド・ホルツネジェル
Haikus I want to write
On worms, snakes, grubs, big fat bugs
I like to write just that
ぼくが作りたいハイクは
毛虫、ヘビ、うじ虫、大きなふとった昆虫のハイク
そんなのだけを作るんだ ダリン・シュレイアー
『ハイク・ブック』所収のこうした句が「ハイク」であるとするならば、それは一七音節による三行詩である点に、あるいはその根拠を見出せようか。しかしながら、その「ハイク」の根拠なるものは「俳句」のそれとどのように結びつくものなのだろうか。いやむしろ、この「ハイク」に決定的に欠けているなにものかがあるのだという確信によってこそ、換言すれば、この「ハイク」がついに「俳句」たりえないということの確かさこそが、「俳句」とは何かという問いに対する答えの確かさをいざなうものではあるまいか―。しかしながら、このようなことを考えていくときふと思い浮かぶのは、「ハイク」がついに「俳句」たりえないということによってかろうじて見出しうるほどの「俳句」の確かさなどというものがはたしてあるのかということである。
ささぶねが
ささのはっぱに
なっちゃった すずきけんた
白蝶を
とまらせサルビア
燃え上がる 清水郁美
これらは全国学生俳句大会の応募作から選出された句であり、したがって、少なくともたて前としてはまぎれもなく「俳句」として流通した句ということになろう。しかしこの句が確かに俳句であるとすれば、それはなぜなのだろうか。笹の葉や蝶やサルビアといった「自然」へのまなざしがあるからだろうか。あるいは日本語の言語的特徴によって説明すべきなにがしかがあるからなのだろうか。
このような問いについて、あるいはこういう答えもありうるかもしれない。子どもたちはそのようなわずらわしいことなど意識してはいない、子どもたちは形式上の問題に拘泥することなく素直に自分の表現を披露したまでで、だからそれらについてこれは「俳句」であるとか「ハイク」ではないとか論じることは不毛である。そのような議論を超えたところで子どもの表現と向きあうべきではないか―。これは、後述するように一面においてはしごく真っ当な意見であるように思われる。しかし子どもの創作行為についてこのような前提を設ける態度は、一方で、どこか侮蔑的なまなざしを秘匿してはいないだろうか。
たとえば、本書の挿絵を担当した五味太郎は子どもと俳句との相性の良さについて次のように書いている。
論じて、説明して、言い訳け(ママ)してという貧しい言葉の日常に没してしまった多くの大人よりも、子どもは、はるかに俳句的である。気楽さ、気軽さがそうさせる。説明のテクニックも、言い訳けの必要性もないからこそ、彼等の言葉は俳句にふさわしい。いわゆる「俳句における約束ごと」とか「俳句における礼節」などということに関して未だ無関心、無頓着ゆえに、子どもたちの俳句は痩せていない。気取っていない。そして評価を期待していない。つまり、いさぎよい。
子どもの俳句についてのこの種の讃美は、五味のそれに限らず、子どもの俳句を扱ったさまざまな書物のなかで見ることができるものであるが、僕は「子ども」の俳句に「大人」にはないものを見、それを不用意に讃美する姿勢に違和感を持つ。そもそも、「気取っていない」とか「評価を期待していない」というのは本当だろうか。たしかにそれは子どもの俳句の一面であろうけれども、僕はむしろ、子どもの俳句ほど気取っていて評価を期待しているものはないと思うし、そうした面を見ようとしないとすれば、子どもの俳句や子どもの創作行為についてのこれほどの侮辱はないと思う。
チャンネルが
みな号泣す
原爆忌 川村剛央
たとえばこの句について、原爆の投下された日のテレビ番組を見ているとどれにも悲しい顔が映っていたのでそれを「チャンネルが/みな号泣す」と素直に表現した、とするのは無理があると思う。僕はむしろ、テレビ番組に悲しい顔が映っていたということを「チャンネルが/みな号泣す」とすりかえたその意志にこそ、決して素直ではない「気取り」や「俳句」めかした「言い訳け」の手つきを見ることができると思うし、実際、この句が詩的表現たりえているとすれば、それはこの「気取り」や「言い訳け」のためではなかろうか。先の「ささぶねが」の句にしても自らの発見を音数律にのせて「俳句」なるものへと転じてみせたところに「気取り」や「言い訳け」を見ることができるし、「サルビア」と「白蝶」との色彩の対比を比喩的に表現した清水の句にしても同様であろう。また僕は、川村が「原爆忌」という言葉を用いたときの手つきを思う。あるいは広島・長崎への原爆投下について「原爆忌」という言葉で済ませてしまうような世界に参入しようとしたときの表情を思うのである。これは意地の悪い見方であろうか。あるいはあまりに大人げない言葉であろうか。しかし僕は、子どもの句のはらんでいるこうした側面を見なかったことにすることの方がよほど侮蔑的な行為であると思う。子どもにとって「俳句」をつくるということはそんなふうに「子どもじみた」ものではあるまい。僕には、川村は、それがたとえ意識されないものであったとしても、やはり川村なりの「俳句」を作ろうとしたのだと思われてならない。その「俳句」とはもしかしたらあの審査員が「ハイク」として了承するかもしれない「俳句」の謂かもしれないし、あるいはそうでないかもしれない。僕が川村の俳句について、これは「俳句」であるとか「ハイク」ではないとかいうことは不毛であると思うのは、あくまでもこの意味においてである。そしてこのように考えるゆえに、僕は、川村の「俳句」もその創作行為も、尊いと思うのである。