(『俳句 11月号』角川学芸出版、1952)
僕は古い俳句雑誌が好きで、お酒を我慢してまでちょいちょい集めてるのは、今となっては伝説的な俳人が、いきいきと熱を持ってページの中でうろうろしているのが楽しいからです。俳句は確かに作品がすべてかもしれませんが、それでも僕は好きな作家がどんな人か知りたくなってしまう、それで作品がもっと好きになる事があるなら、僕はそんなに悪い事とは思いません。
さて、僕が用も無くうろうろと古書店巡りをしていて手に入った今回の雑誌、昭和27年の俳句の11月号ですが、飯田蛇笏特集です。
俳句の救ひ
おぉっ、さすが源義さん、蛇笏先生に対して直球です。もうほんと、ど真ん中真っ直ぐ。
で続きが感動です。
飯田 まア、私は今になつて非常に苦しみますけれどもね、正直にいつて、俳句をやつてきてよかつたなアと思ひますよ。ほんたうに偽らざる感情ですよ。そして実際、自分でもね、還暦あたりから、大勢の前で告白しましたけれども、俳句をやつてゐなかつたら私はちよつと、堪へられなかつたかも知れないな。
この時蛇笏は67歳、酔っ払ってその辺にゲーっと吐きながら、俳句をやっていてよかつたとか麒麟が言っても怪しいですが、天下の飯田蛇笏です、偽らざる気持ちで、俳句をやっていて良かったと言う67歳の蛇笏の言葉はとても感動的だと思います、俳句には救い(自分の心に対して)があると偉大なる大先輩たる蛇笏が公言するのはとても嬉しいじゃないですか。
座談会後半で、源義さんの酒の失敗談が面白おかしく載っていて、僕がクスッと反応したのが次の箇所
編集部 あの時、電車がなかったんです。ドシャ降りで、万太郎御夫婦だけを人力に相乗りして頂きまして、家まで御案内したんですよ。
飯田 久保田君、そんなにやるのかね。
日夏 万ちゃん、強いとも。
編集部は源義さんで日夏さんは日夏耿之介さんです。
いやぁ、良いなぁー、万ちゃん、強いともって、気持ちの良い友情を感じますね。
さらにちょっとあと、ここもたまらんです。
西島 今年の読売文学賞をアララギの佐藤佐太郎君が貰つた。俳句はなかなかないんですね。
日夏 あんなナンとか賞なんてものは要らないよ。君、ねえ、飯田君、そんなもの要らないねえ。呉れるつていつたから仕様がない、俺は貰つたけれども。
編集部 貰つてくれ、つてわけでせう。
日夏 さうさ。
日夏先生大人げない、面白いですね、ねえ、飯田君、なんて良いなぁ、僕には貰って嬉しそうにしか見えないです。頑固でチャーミングな昔のお父さんの姿が見えます。
ここまで読んでもらって今さらなんですが、僕の引用部分を読んだって俳句うまくなんないです、でもね、でも、ここに出てる人の事がちょっと好きになりませんか?
万太郎が万ちゃん、源義が酔っての失敗、蛇笏が飯田君、古い雑誌をペラペラめくると、当時の俳人達に熱い血が流れています。
蛇笏と言えど神格化せず、一人の人間として見る事で(難しいけど)新しい魅力が見えてくると思います。どうも最近は龍太の方が人気があるような気がしますが、父もまた強し!