北島三郎と久女の除名①

「ホトトギス」昭和11年10月号より

きりんのへやって「ホントキリン」「コシトキリン」「スペシャルキリン」という三つのコーナーに分かれているんですが、「コシトキリン」だけ全然更新しておりません。

なぜかと言うと、雑誌を引用するにはiPhoneで打ち込むのは面倒だし、指が痛いからです。僕は右の親指一本だけで打ち込むので、指が痛いんです。すごい痛い。

でもまぁ、せっかくコツコツ古本も集めたので、指痛いけど、何か書いてみようかなぁ。

じゃ、今日は昭和11(1936)年10月号の「ホトトギス」読んでみましょう。

えー、突然ですが、北島三郎さん、昭和11年生まれですので、今年77歳らしいです。誕生日は10月4日。

北島三郎さんの年齢を覚えていると、俳句史においてとても便利です。

「ホトトギス」昭和11年10月号とは、あれ、ほら、有名な、わかりました?

引用すると

同人変更

従来の同人のうち、日野草城、吉岡禅寺洞、杉田久女三君を削除し、浅井啼魚、瀧本水鳴両君を加ふ。

はい、ここまで引用ね。ね、所謂「久女除名事件」の号です。だからこの号はレア本としてちょっと高かったです、生活キツイです。ま、いいけど。

つまり、サブちゃんが77歳なら久女除名から77年、サブちゃんが100歳の時は100年目というわけです。覚えやすいでしょ。

ちなみに1936年は、榎本健一「エノケンの月光価千金」淡谷のり子「おしゃれ娘」が流行った年らしい、ピンときます?僕来ないけど。

あとは、1936と言えば「二•二六事件」激動の時代です。

「久女除名」の号、他にどんな文章や句が載っているか、見ていきましょう。こういうのが、古本の楽しみです、やめられない。

ちなみに雑詠の巻頭は誰だと思います?

ご存知、高野素十。住所は新潟になっています。

草市につきし一荷は鶏頭花
づかづかと来て踊子にささやける
夏草に葺きかはりをり鴨番屋
弁当を負うて祭の群集かな

この四句で見事巻頭。へー、代表句の一つ、踊子の句って久女除名号だったんですねぇ。草市や夏草の句、ささやかで良いですね。短冊にもらうなら、そうだなぁ、夏草の句が欲しいなぁ。永く楽しめそうです。

素十が巻頭で、旭川、播水、青邨、風生、耿陽、泊月、汀女、としを、立子、友次郎、茅舎、とスターが並びます。ちなみにこの号は最高四句で26人が四句欄に居ます。厳しいっ。
いくつか見ましょうか。

人見るをよろこび泳ぐ山の子等
富安風生

ひゃっほー。

庵涼し小鳥等も客珍しく
富安風生

どんだけ人来ないんでしょうか。

旅馴れてトランク一つ夜の秋
星野立子

あ、この号に入ってたんだ!!僕この句好きなんですよ、林芙美子を感じます。

大きな日大きな月や春の旅
池内友次郎

おーきい。

文章も多く、えーとね、長谷川素逝に「写生といふこと」という文章があります。凄く面白いわけでもないけど、文体は惹きつけるものがあり、資料としては貴重かなと。

以下ちょっとだけ引用。

心に映じた影を描く以上、頭の中で一々天地を創造する以上、同じものを写生して、その才分によつて、いくらでもそこに差異が生れて来る。決して、写生によつて個性は殺されはしない。写生によつて、才分あるものの進路は妨げられはしない。さう感ずるのは、写生にあたつて、いまだその人が目で見たままのものを捉へてゐるだけで、心にうつつた影を捉へるまでに進んでゐないからなのだ。心にうつつた影、必然、心はそこでふるへてゐる。感動してゐる。

どうです?今となってはあまり新しい主張でもなんでもなく、すんなりと、えぇ、そうですよね、と受け入れられる論ですが、当時はアンチ客観写生が勢いを増して来ていて、素逝としてはどうだっ!という文章だったのでしょう。表現が若々しくてキュンとしますね。心がそこでふるへてゐる、なんて良いですねぇ。

わっ、面白い発見、句会報を見てみるとですね。

白菊会という小倉の句会報に久女の句が

投扇の的近くまで届きけり
久女

普通に載っています。いやー、ごく普通に。ちなみに白菊会ってのは久女が指導していた婦人句会です。

今回のラストに

虚子消息がすごい。以下引用。

同人は五百号までにはもう少し増したいと思つて居りますが今回の処は小変動にとどめて置きます。

えー、小変動って…。

この号、面白いので次回に続く。

じゃ

ばーい