2014年9月24日

天高し身のうちの水あふれ出よ

祖母が危篤と知らせをうけて飛行機にのった。
祖母はもう言葉を失って、ベッドに横たわっていた。その眼は、こころの内側のどこか遠くを見ているようだった。そのまま容態が安定して、数日が経った。

午前五時。沖縄の夜空の雲は速く、その切れ間から見える月がきれいだった。病院から電話が入り、父とともに近所の病院へ歩いて向かう。

ここ数年、祖母が沖縄の空が青いことに感謝を述べるようになっていたことを私は思い出す。祖母らしくない言葉だと思う。祖母に空が見えるように、カーテンを開けた。でも、朝は曇っていた。

一度、家にもどって仮眠をとることにした。家に向かう途中にある陸橋に上がると、雲が割れる。そこに、どこまでも突き抜けるような沖縄の青空があった。

若楓おほぞら死者にひらきけり まや

私が若楓なんだと思うと、泣きそうだった。

家に着くと、祖母が息をひきとったと、叔父から電話が入っていた。
若楓の句を私が知らなかったら、あのとき空は晴れなかった。