ささやかな城に名も無い九月の木
俳句甲子園のOBOG派遣事業ということで、黒岩さん若之さんとともに浜松の高校生に俳句の講習会を催した。講習会は楽しかった。高校生のノリが良く、つつがなく終わった。疲れた。それは充実した疲れだ。
帰りに、役所の方が浜松城に案内してくれた。小さい城だが石垣は400年ほど前の姿のままで粗く積まれており、風情がある。家康がこの城から天下を取った、浜松の水野忠邦は家老になったということで出世の街なのだと言う。東区の区長さんが「ハード面では立派な城には勝てないので、ソフト面からなんとかやっていこうかと」と笑顔で話してくださった。まやかしではないと思った。本当に、この小さな城を愛しているのだろう。色紙を渡されて作った一句を書き残してくれというので、城でしばらく吟行をした。昼は忙しくてロクなものを食べなかったので、3人とも腹が空いた。
駅まで送っていただいてから、鰻屋に入った。鰻を待ちながら、そういえば、ぼくはいつから黒岩さんのことを存じ上げているのだろうと考えた。気づいたときには、もう黒岩さんを知っていた。ちゃんとお話をしたのは去年の春が初めてだったのだが、それよりも前から知っていた。これが、黒岩さんの不思議なところである。かねてから「彼がここまで俳句を愛し、特に20代10代俳人の交友関係のハブのような位置にいる原動力はなんなのだろうか」と思っていたが、話を聴いてその理由がわかったような気がする。多かれ少なかれ、若くして俳句に出逢い、志した者にとって、俳句とは十字架である。
ぼくの短い人生でも、最も美味しい鰻だったかもしれない。鰻が来てから、3人は沈黙した。黒岩さんの手が伝票を攫った。ひとり大阪方面へ帰る彼と別れて、若之さんとホームへ急いだ。
新幹線が来るまで残り5分を切っていたが、せっかく浜松に来たので駅の売店でうなぎパイを買って帰る。今度実家に帰った際に祖母に献上すれば、きっと褒美のお小遣いが貰えるだろう。いわゆる、朝貢貿易である。