2012年12月19日

切符手裏剣ビールは縞の尾を引けり     SSTbot

SSTスクラップ「童話」前編

 それはそれは、むかしむかしのできごとです。ある国に、海辺からつらなる窓の寒い都市がありました。その都市のいちばん北にある小さな街には、あるひとりの、夢みるこどもが暮らしておりました。そのこどもの夢は、空を飛ぶこと、鳥のように空を飛んで、ふわふわと雲のようにしずかに空に浮かんでいたい、そう思いながら、毎日を過ごしていたのでした。
ある日の寒い夕、家の裏手へ暖炉の薪を拾いにいかされたこどもは、ピチュピチュと鳴いている鳥のかわいらしい声を耳にして、いつもは絶対に行ってはいけないと言いつけられている場所へと、入っていってしまったのでした。そこは、見まはしてゆけばつめたい木の林でした。街ではその梅林のなかに吊られてゐる鏡だけは見てはいけないと、きびしく、言い伝えられているのでした。こどもは、じぶんがその梅林に来てしまったことにも気づかずに、奥へ奥へ、鳴き声に耳をすまし、いっしょうけんめい鳥の姿をさがしているのでした。
 梅林の木々は、奥へ進めば進むほど枯れており、いっさいの人気もなく、さびしく、わびしくなっていきました。枯園となったその枯木のいっぽんに鏡は吊るされてあり、枯園の鏡かふいに鳥が来る気配がしてこどもが後ろを振り向くと、そこには鏡のふちにとまった、一羽の鳥がいるのでした。
 その鳥は言いました。「きみは空を飛びたいのかい」
 こどもは言いました。「うん、飛びたい。飛んでみたい」
 すると鳥はこう言いました。「きみと同じように空を飛びたいこどもたちがあした、ここへ集まってくる。あしたの夕方6時になったらここへ来て鏡の前に立ってごらん」
 こどもはきょうは家に帰り、またあした梅林へ行くことに決めました。家に帰るとたいそう帰りが遅くなったおかげで、晩ごはんは抜きにされてしまいました。
 次の日の6時になりました。ふたたび梅林へやってきたこどもは、じぶん以外のこどもたちがやってくるのを十薬の茂みに覆われた切り株に腰かけて、静かにじっと、待っていました。かげろふを川向うから来て坐るこども、つめたい海のなかから西日挿す陸へあがつてきて歩くこども、どこからともなく十薬にうつろな子供たちが来るのをじっと、待っているのでした。

(後編へつづく)

海辺からつらなる窓の寒い都市     鴇田智哉
見まはしてゆけばつめたい木の林
梅林のなかに吊られてゐる鏡
枯園の鏡かふいに鳥が来る
かげろふを川向うから来て坐る
西日挿す陸へあがつてきて歩く
十薬にうつろな子供たちが来る