2013年8月15日

寡黙なる父の裸の万歳よ

「父」というのは、昔気質の頑固で厳しい、昭和の男のイメージだ。僕の父などは、たまに実家に帰っても「おぉ、帰っとったか」とか「元気そうじゃの」とか、それくらいしか話さない。しかし、僕が悪いことをしたときは話が別だ。3・4歳くらいの頃だったか、近所で悪さばかりしていた人に誘われて田んぼを踏み荒らしたことがある。裸足で感じた泥の感触が気持ちよいくらいにしか思わなかった。その後家に帰ると父から正座でみっちり2時間ほど説教。そして一緒に田んぼの持ち主の所へ行き、父が深々と頭を下げた。自分の頭の悪さと、親にこんなことをさせてしまったという情けなさに泣いた。不器用な人なのだが、一切手はあげなかったし、時々無言で僕の頭の上に手を出し、撫 でるようにくるくると手を回した。愛してくれていたのだとは思う。

俳句では父や母など、家族に関するものは主観的になるので詠まないようにするが、時代の変化に伴って父親や母親の役割も変化し、同様にイメージなども変わっている。誰が見ても「あぁ、こういうものだな」と思えるような一句を残したい。