2013年8月10日

空蝉の塵となる時光りけり

僕には、俳句をやめるつもりで句作からも俳句甲子園からも離れていた時期がある。その間も後輩の対戦相手になったり、国語の授業で俳句を教えるくらいのことはしていたが、母校が俳句甲子園に出なくなり、仕事が忙しくなり、何より周りに俳句をしている仲間がいなくなっていった。俳句甲子園出身者も、高校を卒業すると、同じ理由で俳句から離れる人が多いので、例に漏れずといったところか。

他の同世代の俳人との差が開いていく現実がある一方、俳句はやめても俳句甲子園には関わるという仲間も多く、そういう仲間の話を風の噂で聞いては、なんとなく寂しさを感じながら過ごしていた。

そんな時、見知らぬ番号からかかった一本の電話が僕の人生に俳句を取り戻した。岡山県の津山市役所からで、「他の幼稚園で働いている奥さんから君のことを聞いた」「岡山の国民文化祭に協力してくれる、若くて俳句をやっている男が必要なんだがどうだろう?」という用件だった。当時僕は、岡山県北の津山で幼稚園の先生をしていたのだ。「協力してくれる、若くて俳句をやっている男」……その言い方が可笑しかったので、思わずその場で了承してしまった。おかげで、国民文化祭でお世話になった人の結社にお邪魔したり、OHK(岡山放送局)で俳句の番組に関わらせてもらったりしながら、少しずつ勘を取り戻すことができた。
本当に感謝している。きっとこれから俳句をやめようと思うことはないだろう。