紗希さんの句には、驚かされるのに、違和感を感じない。正確にいうと、はじめは違和感があるものの、どんどんなくなっていく感じがあるのだ。説得されるというよりは、解けていく感じに近い。
それは、やはり前回指摘したように、実景とは別の、わたしたちの頭のどこかに存在する全く関係のないイメージが、実景とつながり、句をひとつにまとめあげているのではないか、と思う。
掲句。これもはじめは違和感を感じる句だ。「舞茸」と「車掌の帽子」の取り合わせといわれても、しっくりこない。しかし、よく考えてみると、「車掌の帽子」のあのぽってりした感じには、舞茸以外の、キノコっぽさがある。「平たくて」という車掌の帽子の形を捉えた措辞が、そのキノコっぽさを想像させるのだろう。
舞茸と、キノコっぽい車掌の帽子。旅の途中なのだろうか、秋の心地よさを感じる。気持ちのいい句だ。