好きな百句

きりんのへやがなんと三百回を迎えることが出来ました。人に会うと「読んでるよー」と言われたり、お手紙に「読んでます」と書いて下さる方がいらしたり、嬉しくってコツコツやっていたら三百回となりました。皆様のおかげです、本当にありがとうございます。

三百回を記念して、何かやろうと思って思い付いたのが、「好きな百句」という企画。

これを「名句百」にしてしまうと窮屈で自由が効かなくなってしまいます。

例えば虚子や青畝なんかは有名句を選ばざるを得なくなるだろうし、代表句がはっきりしている作家はその他の作品を選びにくくなります。代表句がズラリと百句並んだものなんか、今更過ぎて面白くないなと。それならやるのは僕じゃくても良いなと。

今回の基準として、現役の作家は外させていただきました。生きている人はこれからまだ面白い作品を作るかもしれませんし。

今、僕の本の部屋がぐっちゃぐちゃです。句集やノート、雑誌がぐっちゃぐちゃ…。

何年も前にノートや原稿用紙に書き写した句をかなりの量読み返しました。書き写すのは大変なんですが、読み返す作業は懐かしく楽しい作業でした。

あぁ…、あの句なんだっけなとノートから一句を探したり、山積みにした本の山から二、三句ぐらいしか拾えなかったり、あの句集が見つからない!と狂ったように探し…。

いや、大変ですよ、大変だけどすごく面白いのでぜひオススメします。皆さんどうか部屋をぐっちゃぐちゃに散らかしながら、どうか自分だけの「好きな百句」を作ってみて下さい。そして作ったら、友達と交換してみましょう。

俳句は作るのも、読むのも実に楽しい。

あ、今回句にコメントを付けなかったのはワザとです。たまにはね、あっさりと作品だけを楽しんでいただこうと思いまして。

それじゃ

どうかこれからも御贔屓に。

じゃ

ばーい。

てつせんのほか蔓ものを愛さずに  安東次男

又の名のゆうれい草と遊びけり   後藤夜半

ほのぼのと春こそ空に八百年    丸谷才一

かたつむり踏まれしのちは天の如し 阿部青鞋

千手観音普通の河で身を洗ふ    攝津幸彦

泣きじやくる不思議なものをふところに 高柳重信

来て見れば来てよかりしよ梅椿   星野立子

雨しげくなりて金魚をかくしけり  今井つる女

妙なとこが映るものかな金魚玉   下田実花

鯉こくが熱くて月の裏の山     細川加賀

酔うてこほろぎと寝てゐたよ    種田山頭火

海胆怒る漆黒の棘ざうと立ち    橋本鷄二

曲ることなき毒消売の道      加倉井秋を

山の色釣り上げし鮎に動くかな   原石鼎

外套の裏は緋なりき明治の雪    山口青邨

このランプ小さけれどものを想はすよ 富澤赤黄男

静かなるさくらも墓もそらの下   高屋窓秋

気の狂つた馬になりたい枯野だつた 渡邊白泉

しばらくは我を容れざる初景色   光部美千代

寺にゐてががんぼとすぐ仲良しに  波多野爽波

秤から堅田のもろこ跳ねて落つ   飴山實

蹴あげたる鞠のごとくに春の月   富安風生

桔梗の花の中よりくもの糸     高野素十

滅びつつピアノ鳴る家蟹赤し    西東三鬼

寒椿鍋つやつやに磨いてゐるか   川崎展宏

土用鰻息子を呼んで食はせけり   草間時彦

灯を取りにすいつちよの来るそんな宿 山田弘子

牛の眼が人を疑ふ露の中      福田甲子雄

コーヒ店永遠に在り秋の雨     永田耕衣

蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ   川端茅舎

山椒魚詩に逃げられし顔でのぞく  加藤楸邨

雪しろの溢るるごとく去りにけり  澤木欣一

釣鐘の中の月日も柿の秋      飯田龍太

孔子一行衣服で赭い梨を拭き    飯島晴子

春の日に似て凍蝶のあがりけり   山本京童

蜜採るや蜂の機嫌にさからはず   濱口今夜

ががんぼが襲ふが如きことをせし  相生垣瓜人

百日紅ごくごく水を呑むばかり   石田波郷

冷奴つめたき人へお酌かな     籾山梓月

ゆさゆさと頂にゐる松手いれ    相生垣秋津

送り火や女で苦労してから来い   加藤郁乎

寒鯉を雲のごとくに食はず飼ふ   森澄雄

すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完一

よき雛見ればよくよくよかりけり  相島虚吼

鮟鱇に似て口ひらく無為の日々   木下夕爾

鉄条(ぜんまい)似て蝶の舌暑さかな 芥川龍之介

冬の水一枝の影も欺かず      中村草田男

日本がここに集まる初詣      山口誓子

淋しさに二通りあり秋の暮     三橋敏雄

東京駅大時計に似た月が出た    池内友次郎

浴衣着て旅館の舟をのりまはす   鈴鹿野風呂

元日のいよいよ熱き置き炬燵    下島空谷

冬深し柱が柱よびあふも      八田木枯

熱燗や我に大事な友ばかり     杉本零

ゆさゆさと大枝揺るる桜かな    村上鬼城

ギヤマンにくづれやすきよ冷奴   武原はん女

いちまいの朴の落葉のありしあと  長谷川素逝

星空へ立ちあがりたる橇の馭者   成瀬正俊

暫の顔にも似たりかざり海老    永井荷風

気の抜けたサイダーが僕の人生   住宅顕信

たてよこに富士伸びてゐる夏野かな 桂信子

夏の日が小さくなりぬ胸の中    桜井博道

ぼろぼろに世界なるまで涅槃像   百合山羽公

冷々と舌に載りけり初鰹      増田龍雨

葉桜の中の無数の空さわぐ     篠原梵

汗の人ギューッと眼つぶりけり   京極杞陽

貸すての傘百本や江戸の春     岡野知十

盆梅が満開となり酒買ひに     皆川盤水

話しかけるやうに女が火を焚きて  松瀬青々

味噌汁も山女魚も渋きひとり旅   山口草堂

氷下魚(かんかい)に夢見るごとく釣られけり 斎藤玄

浮寝鳥波来て尻のあがりけり    石田勝彦

雨音のかむさりにけり虫の宿    松本たかし

高浪にかくるる秋のつばめかな   飯田蛇笏

まさかと思ふ老人の泳ぎ出す    野村登四郎

蕪まろく似て透きとほるばかりなり 水原秋櫻子

弟子たちの弓の稽古や若楓     中村吉右衛門

世の中にあつてよきもの金魚の日  星野麥丘人

火を投げし如くに雲や朴の花    野見山朱鳥

元日や日のあたりをる浅間山    臼田亞浪

ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう 折笠美秋

川蟹のしろきむくろや秋磧     芝不器男

春尽きて山みな甲斐に走りけり   前田普羅

いまは亡き人とふたりや冬籠    久保田万太郎

大変な事になりたる水喧嘩     柳俳維摩

ゆるゆると鳰を見て行く遅刻かな  島村元

春の夜や都踊はよういやさ     日野草城

紫陽花に秋冷いたる信濃かな    杉田久女

白露や死んでゆく日も帯締めて   三橋鷹女

寒月に焚火ひとひらづつのぼる   橋本多佳子

本当によく晴れてゐて秋の山    今井杏太郎

河豚会に招かれて吾行かざりき   赤星水竹居

鯉老いて真中を行く秋の暮     藤田湘子

渚にて金沢のこと菊のこと     田中裕明

この頃の暮しが映り金魚玉     高浜年尾

人の行く方へゆくなり秋の暮    大野林火

初夢に一寸法師流れけり      秋元不死男

海へ墜つ椿このときさけびつつ   篠田悌二郎

よき句会川開きにも又来よか    竹田小時

柿を食ひながら来る人柿の村    高浜虚子