書庫ふかく鍵落ちてゐる震災忌
中高生のころ、休みがあるとしばしば東京へ出掛けた。バンドをやっていたので、御茶ノ水駅で降りて楽器や楽譜を見ていた。今思えば碌にギターも弾けないし大して音感もないのだが、楽器屋のどこかアンダーグラウンドな匂いが好きだった。飽きたら、明治大学の前を通って神保町へ向かう。当時も今もぼくの古本の知識はたかが知れているのだが、様々な本を見ているだけで圧倒された。渚から沖を眺めているような、そんな気分で古本街を歩いた。それにも飽きたら、岩波ホールのところの交差点を右折して水道橋へ向かう。水道橋では雑貨屋を巡ったり、友達と待ち合わせて東京ドームで野球を観戦したりするのが常だった。こんな感じで、ぼくはさながら野球が好きな明治大学文学部のバンドギャル(想像)のような休日を過ごしていた。
はじめてこんな1日を過ごしたのは中学3年生のときだったと思う。そのとき、神保町の東京堂書店でたまたま句集コーナーを見つけた。名前が格好いいな、と思って京極杞陽が目に止まった。山田弘子編の『六の花』(ふらんす堂、1997年刊)だった。ぺらぺらと読んでみたが、なんだかよくわからなかった。杞陽の句は、ぼくが今までイケてる、と感じた句とは異なっていた。だからこそ、不思議と惹かれた。
よきことの一つ日脚の伸びしこと
切実だ、と思った。この人は切実に言葉を書いている。この人は大真面目だ。前掲の句集中の作品ではないが、
終戰
ふとアイスクリームといふことばいで
これが、杞陽の実感だったのだろう。これほどまで儚さに満ちた終戦の句を、ぼくは他にまだ知らない。こうして、ぼくがはじめに句集を読んだ作家は京極杞陽になった。
杞陽は、関東大震災で家族を喪っている。彼が「震災忌」で詠んだ句の数々は、生々しい悲劇の現場を描いている。だから、この連載の初日、9月1日は杞陽のことから書き始めようかと思った。結果的にぼくは冨澤赤黄男の墓参から連載をはじめたが、杞陽も赤黄男もぼくを惹き付けるのはその「切実さ」だ。赤黄男のそれが真っ赤な鉄を鍛え続けるような切実さであるならば、杞陽のそれは何重もの風呂敷で包みこむような切実さだと思う。
切実であることは、カッコいい。ダサいけど、すごく、カッコいい。