ここまで作品を読んできて、『しやりり』は、実のところ、「わたし」という意識を通して、言葉によって風景に〝本質〟を授けようと試みたのではなく、寧ろ、言葉によって〝本質〟を与えることで、「わたし」の位置を定め、「わたし」が逆照射されているような句集なのではと思った。
カテゴリー: 安里琉太
安里琉太が、江渡華子・神野紗希・野口る理の俳句を読む。2016年5月連載。
安里琉太が、江渡華子・神野紗希・野口る理の俳句を読む。2016年5月連載。
ここまで作品を読んできて、『しやりり』は、実のところ、「わたし」という意識を通して、言葉によって風景に〝本質〟を授けようと試みたのではなく、寧ろ、言葉によって〝本質〟を与えることで、「わたし」の位置を定め、「わたし」が逆照射されているような句集なのではと思った。