これが秋鏡のなかのもの吹かれ  桂信子

「これが秋」の断定におののく。句意は、鏡の中に映るあれこれが風に吹かれている、それが秋というものなのだ、というところか。鏡に映るのは、私、髪、タオル、カーテン、その向こうにある庭の草や木々。しかし、具体的なものを挙げずに「もの」とまとめてしまうことで、ある風景を思い浮かべながらも、形而上的な意味も生まれてくる。すなわち「鏡のなかのもの」という語は、風景描写にとどまらない。

鏡という枠で、世界をパッキングしてしまったような感覚。その小さく奥行きのある世界の中に風が吹いている。それを外から眺めている私と世界との距離感が、まさに秋なのだという気がする。終わりの風景とは、たとえばこういうものであろう。

「草苑」平成15年10月号に所収。「俳句」(角川学芸出版)2013年7月号特集「晩年の名句」より引用した。論者は櫂未知子。桂信子について「「老い」を自覚せぬまま、ある日突然来る「その日」だけを意識していたのではないか」との鋭い指摘にうなった。