とても気持ち悪い。しゃぶるというのは、余計に食欲があることを想像させる。油蝉は羽が固いので、中身を最後の一滴まで吸おうという欲が感じられる。山口誓子の「かりかりと蟷螂蜂のかほを食む」を連想させるが、兜太のかまきりの方が、生きることに貪欲だ。加えて「留守」としていることで、人間の様子が見える。これも、兜太らしさなのではないだろうか。人の見ていないところでの残虐さ。その陰感が、留守にしていなかったら食われていたのは自分なのではないかとも想像させる。
『俳句2014年11月号』(角川学芸出版)より。
とても気持ち悪い。しゃぶるというのは、余計に食欲があることを想像させる。油蝉は羽が固いので、中身を最後の一滴まで吸おうという欲が感じられる。山口誓子の「かりかりと蟷螂蜂のかほを食む」を連想させるが、兜太のかまきりの方が、生きることに貪欲だ。加えて「留守」としていることで、人間の様子が見える。これも、兜太らしさなのではないだろうか。人の見ていないところでの残虐さ。その陰感が、留守にしていなかったら食われていたのは自分なのではないかとも想像させる。
『俳句2014年11月号』(角川学芸出版)より。