昨日と同じく、赤ちゃんの句。
「スプーン大好き」という書き出し、「ぞんぶんに」の開き具合。まさに明るく元気な子どもである。ただ、(話せるか話せないかは別にして)「スプーン大好き」と本人が言うはずはなく、大人から見て、スプーンが大好きだとと思わざるをえないほど、スプーンを舐めているのだろう。
一昨年のこの企画で、生駒大祐さんが華子さんの句に対して、「現実世界と作中世界の差異を意識させないように作中主体と作者の距離を縮めている」と書いていたが、吾子俳句はまさにそうである。
(私だけかもしれないけど)吾子俳句を読んでいると、時に、親目線のものか、子ども目線のものか分からないことがある。だが、華子さんの句は明らかに、母親目線だ。句を書く上で、母親であることを強く自覚している。
それは、読者にたいへん親切ではあるが、(吾子俳句の)それぞれの句の幅を狭める危険性もある、と思う。