しやぼん玉見送り干せるパンツかな  江渡華子

洗濯物を干していたら、しゃぼん玉が吹いてきた。洗濯物の上で割れても支障はないし、子どものように割りたいわけでもない。だから、すこし待つ。ただ、洗濯されたパンツを両手に持って。ここでの「パンツ」チョイスは、前にも指摘したが、華子さんのもつ「おかしさ」がやはりある。

春の晴れの日の、ゆっくり流れる時間が心地いい。

またまた生駒さんの引用になるけど、生駒さんは一昨年、華子さんの句には「動詞が多い」と書かれていた。この句も、「見」「送り」「干せる」と動詞が並ぶ。ただ、この句は動詞の多さとはうらはらに、実際の大きな動きは感じられない。むしろ、ひとつひとつの動作に丁寧さを感じる。人の動きに敏感な作者なのだろうか。