昨日と同じく、この句も「遅刻確定」という詩ではみられない堅い言葉がおもしろい。上五の種明かしをするように、中七下五が続く。鉢を腕いっぱいに抱えて、走ることもできず、ちょっとしたもどかしさがある。ポインセチアの赤が、恥ずかしさに追い打ちをかける。
天真爛漫すみれを割き続けてゐる 野口る理
掲句と同じつくりだ。かなり残酷な行為だが、これを天真爛漫と言い切ってしまうあたり、る理さんらしく、おもしろい。
そして。どちらも、なぜポインセチアを抱えて待ち合わせに向かっているのか、なぜすみれを咲き続けている子を見守っているのか。すこしの物語性と、それに対する疑問が残る。むしろ、疑問点を解決するために物語性を見出そうとしてしまう、のだろう。ただ、考えたところで納得のいく答えは見つからない(はずだ)。読者をいいところで諦めさせてくれるところが、この句の良さであり、魅力である。