この句を読むといつも、「どれも腹出し」の健康にひかれる。秋の日を受けて、おなかがてかてかと光っているところを想像すると、秩父の子たちがいとおしくなる。曼珠沙華は畦に咲く花。生活のそばにある花だ。曼珠沙華を添えることによって、秩父の子たちの血色のよさも感じられるし、「彼岸花」の異名をもつ花でもあるから、脈々とこの地で受け継がれてきた、濃密な血を思いもする。
出版されたばかりの、山西雅子『花の一句』(ふらんす堂 2011.9)より。今日、9月23日の項に、この句が掲載されている。なんでも、「今日は兜太の誕生日」とのこと。おめでとうございます!
さて、『花の一句』は、ふらんす堂の365日入門シリーズ、第六弾。花を詠んだ古今の俳句を365句集めて鑑賞を添えた、アンソロジーだ。山西さんのゆたかな選句眼によって、幅広い句が取り上げられており、読んでいて飽きない。鑑賞には、おりおり、古今の文学作品の一節がひかれる。花はまさに、季語の領域。日本の古典文学と切りはなせない。縦軸の時間性もはらみながら、深く丁寧に編み上げられたゆたかな鑑賞は、私たちが俳句を「読む」作業を、まさにゆたかにしてくれる。