「結果より過程」という常套句に対する、しずかな怒りのこもった句だ。負けた子や落ち込んでいる人に対して使われる「結果より過程」というこの言葉は、実際には結果で測られることの多い現状と、しばしば矛盾を起こす。滝の前で、「結果より過程」という言葉へのいら立ちを感じている作者に、滝しぶきが、山の冷えた空気が、少しだけ快い。さて、滝は、結果なのか、過程なのか。
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第三回芝不器男俳句新人賞受賞記念句集『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』(財団法人 愛媛県文化振興財団・2011年3月)より。破壊的な作風のため、賛否両論のあった受賞だったが、句集になるとなお、破壊力が増していて面白い。それも、右へ左へと散弾銃を手当たりしだい撃っているというよりは、照準を合わせて、バズーカをがんがん撃ちまくられているような感じだ。
選考委員が句集に寄せた文章の中でも、大石悦子氏が「はなはだ挑戦的な句が多く、それは作者の生きることへのかなしみの裏返しであり、救済を求める心からの叫びであるように思えてならない」と述べているのは、御中の句に対する的確な評言だろう。(本体953円+税)という価格を例示するまでもなく、いま、読むべき句集だ。
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御中虫の句集には、怒りが充満している。しているが、なぜか明るい。怒りのエネルギーが、明るさへと向かっているのだ。不思議だ。
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原爆忌楽器を全力で殴る
生まれたと無意味に叫べ今は春
満天の星(仰げば無駄がひとつもない)!
排泄をしようぜ冬の曇天下
歳時記は要らない目も手も無しで書け
グラビアにじじいが葡萄もって微笑むのが笑える
紅葉嫌ひピンクと黒しか好きぢゃない
混沌混。沌混沌。その先で待つ。
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世界へ対する怒りが振り切れれば、憂えて死ぬか、腹を括って生きるかしかないが、御中の句は、生きるほうへと舵を切って、バンと扉を開け、まっすぐに飛んでゆく。全力で、殴り、叫び、仰ぎ、吐き、書き、笑い、嫌い、待つ。その全力感が、読んでいて、どうにも快い。
朝の滝さあ落ちやうぜ出発だ
句集冒頭に置かれた一句。夜の闇を経て訪れた、朝のまぶしい光の中で、水のかたまりのひとつとなって、壮大な旅へと出る気分は、とても恐ろしくスリリングで、しかし最高に爽快だ。「さあ落ちやうぜ」という強い牽引の言葉に呼ばれて、また、句集をいちから開く。