桐の木にもたれ人待つ夏の朝  伊藤みつ子

夏の朝に、誰かと待ち合わせをしている。桐の木の下で、なんていうのは素敵すぎる(もちろんとっても素敵だからそういう想像もさんざんふくらませた)から、現実的には、待ち合わせ場所に桐の木がたっていたのだろう。たぶん、花は終わって、葉が元気よくしげっているころ。葉や、桐の幹が、夏の朝日にきらきらと照り映えているさまは、これからくる新しい一日への、うつくしい予感を体現している。高貴なイメージをもつ桐の木だから、もたれていながらも、その背筋はすっと伸びている。こころのなかも、きっと、澄み渡ってクリアーだ。

新しくつくられた井上弘美さんの結社誌「汀」創刊準備号(2011年10月)「光汀抄」より。「光汀抄」は、選者がその月の投句作品から秀句を選んで掲載する欄。清潔感のある句が並んでいる。

俳句を詠むということは、祈るということに似ている。季語を通して森羅万象に向き合う根底に、それらを尊重する思いが生まれるからである。それは日常生活においても同様である。決して難しいことではない。敬虔な気持ちをもっていることが大切だということだ。俳句は宗教ではないし、「汀」も聖堂ではないけれど、俳句をこころざす皆さんの心の拠り所になれるように努めたいと思う。(井上弘美「汀」創刊準備号発刊によせて)