老人は歯がない鰡の跳ぶ夕べ  坪内稔典

川や海辺で、ぼらが跳んでいるのを見ている。水面からぴゃっとあらわれて、また、水面にぱしゃっと落ちる。夕べだから、あたりはだんだん暗くなってくる。ちょっと心細い。その景色の中に自分が立っているところを想像すると、これが歯がない老人のこころの中か、と、なんとなく腑に落ちた。「老人と海」なんてかっこつけないで、「老人と鰡」って、ちょっとずらしているところも、稔典さんのちゃめっけだ。
じわじわと、不安が濃くなってくる俳句だ。

「俳壇」(本阿弥書店)2011年12月号、「老人」より。老いが童話のようだ。

老人はのろのろ秋のライオンも
老人は気化するりんごの蜜なども
老人もカマキリもけち痩せている