梨咲くと葛飾の野はとの曇り  水原秋櫻子

ことばを舌にころがしたときの、なんともいえない心地よさに惹かれる、というタイプの俳句がある。そうした句の場合、句に書かれている内容は、かすみの向こうにぼやぼやと浮かんでいて、わたしはそちらのほうになんとなく目をやりながら、くりかえし、その句を舌転する。「ナシサクトカツシカノノハトノグモリ、ナシサクトカツシカノノハトノグモリ…」。
現代のわたしは、秋櫻子の書いた「葛飾の野」を知らない。しかし、この句は好きだ。わたしは勝手に、うすうすとした、白とグレーの薄墨で描いたような世界を、思い描いている。
秋櫻子の言葉フェチが見出した「との曇り」という言葉の魅力に、わたしも共鳴している。言葉の息の長さを思う。

徳田千鶴子編『水原秋櫻子句集 群青』(ふらんす堂、2011年9月)より。ポケット版のアンソロジーで、彼の全生涯を通しての21冊の句集から、426句が厳選されている。最後の句集『蘆雁』以後に「馬酔木」に発表された句は全て収録されているから、おのずと、後半の句業のほうが目立つ構成になっている。
全体、人間やその生活を詠んだ句が多いように感じた。秋櫻子といえば自然詠のイメージがあったけれど、案外、人間を詠んでいたのか。それとも、徳田氏のセレクト(好み)がそちらにあったのか。特に食べ物の句は、後半ほど増えてきて、年を重ねるほどに、作品のうえで食欲が増しているようだ。一方で、言葉そのものに対する欲は、年々失せているようだということを、今回、再認識した。だがこれは、年を経て衰えたというよりも、初期のこだわりの異常さに刮目すべきだろう。