食べごろの水菜が急に笑ひ出す  佐藤鬼房

水菜が笑うわけはないのだが、はじけんばかりの水菜のみずみずしさが「急に笑ひ出す」の勢いから感じとることができる。単純な擬人化だともいいがたい、不思議な味わいの句だ。「水菜」という名前が、「佳菜」や「理菜」のように、女の子の名前と似通っているところも楽しい。水菜といえば、次の歌を思いだす。

「水菜買いにきた」
三時間高速をとばしてこのへやに
みずな
買いに。      今橋愛『O脚の膝』

水菜という野菜の、水気が多くて新鮮なんだけど、味がそんなになくて淡白なところが、詩の素材としてちょうどいい具合に、ナンセンスに働くようだ。

晩年の第13句集『愛痛きまで』より。昨日、引用した「死ねば善人蟻一匹がつくる影」は、初期の作品だったが、今日のものは晩年の作品。こうした抜け感は、若い頃の鬼房にはない魅力だ。